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インタビュー 2024.01.18
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人と社会を発展させるエンジニア育成プログラム「組込み適塾」の"志"を伺う

執筆: 大木 晴一郎

ライター

人と社会を発展させるエンジニア育成プログラム「組込み適塾」の"志"を伺う

先進的な組込みシステムエンジニアの育成プログラム「組込み適塾」。組込みシステム産業振興機構が産業界のニーズに応えて2008年に創立しました。産官学が一体となって運営しているのが特徴で、情報家電、ロボット、ヘルスケア、環境・エネルギー等の組込みシステムの高度化と品質向上を担うエンジニアを養成するのが目的です。また緒方洪庵の「適塾」の志を引き継ぎ、組込みシステム産業界に交流の場を提供することも目標に掲げています。

そこで今回は、「組込み適塾」塾長である大阪大学大学院情報科学研究科の井上克郎教授に、塾のあらましやエンジニアが受講するメリット等についてお話をいただきます。

今回インタビューを受けてくださった方

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井上 克郎 氏

大阪大学 大学院 情報科学研究科 教授
組込み適塾 塾長

1984年大阪大学大学院基礎工学研究科博士後期課程修了、工学博士。その後、ハワイ大学助教授、大阪大学助手、講師、助教授を経て、1995年大阪大学基礎工学部教授。2002年に大阪大学大学院情報科学研究科教授。『組込み適塾』には創立当初から関わり、現在、塾長となって全体を牽引している。

もくじ
  • 2008年からシステム技術者の育成を推進している「組込み適塾」
  • 「適塾」の志を引き継いだエンジニアが切磋琢磨できる環境
  • エンジニアの成長が企業や社会の発展に繋がる
  • 最先端技術をキャッチアップして進化し続ける

2008年からシステム技術者の育成を推進している「組込み適塾」

――システム技術者の育成プログラム「組込み適塾」がどういった塾かお教えください。

井上教授:2007年に関経連(公益社団法人 関西経済連合会)が「組込みソフト産業推進会議」を組織して関西の組込み産業を盛り上げる取り組みをはじめています。そして2008年に「組込み適塾」を創設して組込み関連技術の習得コースをエンジニアに提供するようになりました。初代塾長は、大阪大学大学院情報科学研究科長の今瀬 真先生です。当初は関西のエンジニアのレベルアップを図り、組込みシステムの設計をするアーキテクトの育成を目標にカリキュラムを組んでいました。

現在では、コースは初心者向け、中堅向け、アドバンスと様々な種類の授業・コースを用意しており、受講生は自分の適性に合ったコースを取り、一定の科目を終了すると修了証を受け取れる構成になっています。コースは30~40の科目で構成されていて、6月頃に開始して9~10月の期間に様々なコースが開かれる流れです。受講生は1日だけ受講してもいいですし、一連のコースをまとめて受講することもできる構成です。

「適塾」の志を引き継いだエンジニアが切磋琢磨できる環境

――組込み適塾の「適塾」とは緒方洪庵先生の塾名が由来だと資料を拝見しました。当初、関西発でスタートして今は全国が対象になっているのでしょうか?

井上教授:初代塾長はじめ大阪大学の人々が運営の中心にいたこともあり、縁のある緒方洪庵先生の「適塾」の名を冠しています。

2008年にはじまった組込み適塾では、当初、私はカリキュラムの編成や終了条件の設定、プロモーション活動などを担う裏方でした。その後、塾長を引き継いで全体の取りまとめをするようになり10年ほどたちました。

現在は全国が対象です。実際に組込み適塾を開催した当初は大阪や尼崎に一堂に会してやっていました。東北の震災があって、その復興プロジェクトも兼ねて大規模な設備で東北にもオンラインで授業の配信を開始しています。それから関東地区、名古屋地区と広がって7~8年間、続いてきました。そして昨年度、コロナ禍になり対面形式で授業をすることが不可能になりZOOM等を使ったオンライン形式を開始して全国どこからでも参加できるようになっています。

ただ、いろいろな演習をしたり、実際にハードウェアを触ったり、塾生同士がコミュニケーションしたりすることを考えると対面が大事ではないかと考えており、来年度の形態をどうするかワーキンググループで議論しているところです。やはり一部は対面に戻してコミュニケーションや人と人との繋がりが感じられる良い部分も戻したいと思っています。

――組込み適塾では学ぶことに加えて、交流も目的として掲げられていますが、交流を重視すると対面を重視していくということでしょうか?

井上教授:対面は非常に重要だと思っています。組込み適塾では受講生同士の交流だけでなく、講師との交流ができる環境作りを進めてきました。これまでの受講生もアンケートで交流をすることで良い刺激が得られたと回答しています。オンラインだけになると、そういった"横の繋がり"、つまり他者の人とのコミュニケーションがどうしても少なくなってしまいます。

緒方洪庵先生が作った「適塾」では先生も偉かったのだと思いますが、塾生同士が塾に寝泊まりしてお互いに切磋琢磨して、お互いのレベルを上げていました。組込み適塾は、そんな「適塾」の精神を引き継ぎたいと考えているため"横の繋がり"が重要だと考えています。

コロナ禍前、受講生は一緒にずっと勉強してるとお互いに親しくなり、最後は一緒に飲みに行ったり、コースが終わった後でも交流会をしたりしていました。良い刺激になっていると感じています。やはり、エンジニアがハッピーにならないと働く企業も良くなっていきません。交流の場を提供するのは大切な事業の一つだと思っています。

――今後、組込み適塾が社会にどのようなインパクトや影響を与えていきたいと考えておられますか?

井上教授:私が大きなイベントと考えているのが関西万博です。関西万博には多種多様な技術が展示されるので、ここに組込み適塾で学んだ人が何らかの形で関わっていってほしいと思っています。せっかくの関西万博を見に行くだけでは少し寂しい気がしています。

関西万博に限らず、塾生が成長して組込み適塾で学んだことを社内に広げていくとか、新たな製品を創り出すとか、エンジニアがトップに上り詰めていくといった成功事例が出てきてほしいですね。そういう話もポツポツと耳に入ってきており、今後に期待しています。

――組込み適塾ではどのようなエンジニアを対象として想定されているのでしょうか?

井上教授:こちらから選ぶようなことはありませんが、ソフトウェア、ハードウェア、システム関連で志の高い人、自ら学び、エンジニアとして多くのことを吸収していく意欲を持っている人を望んでいます。そのため、比較的入門的なコースから、先端を行くAI技術、ビックデータ等といった講座を用意して高いレベルを目指せるように配慮してきました。

受講生には会社の人事・教育部門で選抜された方も多いようです。会社によっては希望を出して実際に受講できるまで何年もかかることもあるようで、受講生は会社の代表という自覚と責任感を持って受講されています。コースは大きく3つあり、最も入門的なものが実務経験1年以上、3~4年の方向けの「実装エンジニアリングコース」、その上が5~6年から7~8年の層向けの「アーキテクチャ設計コース」です。このコースが組込み適塾のスタート時のターゲット層になります。そして、より高度な「アドバンストコース」を増やしていった経緯があります。

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エンジニアの成長が企業や社会の発展に繋がる

――受講生から見て組込み適塾で学ぶ良さと、企業から見たときに社員を参加させるメリットを教えてください。

井上教授:個人としては参加したコースのレベルに応じた知識と"横の繋がり"が得られることが最大のメリットだと考えています。知識だけでなく演習も重視しますので、実際に手を動かしたり、ツールを使ったりする講座・コースも豊富です。とくに初心者コースでは実際にハードウェアにソフトを組み込んで動かす講座を用意しています。

企業としては、組込み適塾のような学びの場に社員を定常的に参加させることで社内を活性化したり、自社ではできない社員教育をしたりすることができます。社員が外で刺激を受けてエンジニアとして成長することが企業や社会の発展に繋がるのです。企業側から見たメリットはここにあると思います。

――時代の流れとして今後、遠隔講座は避けては通れないと思いますが、遠隔のメリットをどう考えておられますか?

井上教授:組込み適塾だけでなく私の大学での授業も遠隔になって、交通の制約や会場都合の人数制限がなくなり、全国どこからでも参加できるようになったのは大きいですね。また、座学的なことはスライド等が見やすくなり、講師の説明も聞きやすく集中しやすいというメリットもあると思っています。

ただ、きめ細かなコミュニケーションが難しいとか"横の繋がり"が作りにくいといったことが課題です。講座が終わった後に、受講生同士でちょっとした話ができないのが残念だと思っています。

最先端技術をキャッチアップして進化し続ける

――「組込み適塾」の今後の展開予定や展望等をお教えください。

井上教授:組込み適塾は組込みソフト産業推進会議が3年ごとの計画に基づいて推進しており、教育事業は引き続き展開していきます。来年度以降は、対面など授業の形態をどうするかが大きな問題です。コロナ禍以前の形態を実現したいと思っていますが、今後に備えなければなりませんのでしっかり検討しています。

これまで私たちは常にカリキュラムとコース構成の見直しを進めてきました。組込み適塾では時代の先端技術をエンジニアに提供していく必要があると考えており、どんな技術を取り込んでいく必要があるかワーキンググループを作って議論し続けています。

組込み適塾がスタートしたときはマイコンのソフトウェアをどうするかといったことが中心で扱う技術範囲は狭かったのですが、今はネットワーク技術、Web技術、マイニングや機械学習的な知識など、非常に大きな知識体系が必要になっている時代です。これからも、技術者に何が重要になっていくかをキャッチアップして分析をし、先端技術を取り入れていきます。

――最後に、組込み適塾に興味を持っている人や参加を考えている人にメッセージをお願いします。

井上教授:組込み適塾の講座はエンジニアに必要なことをほぼ全て網羅していると思っています。それぞれの人が自分に足りないと思っていることが講座の中にあると思うので、勉強したい、強くしたいスキルを見つけて学び、エンジニアとして成長していってほしいですね。また、組込み適塾では知識だけではなく"横の繋がり"も得られます。エンジニアとして幅広いチャネルを持つことができ、良いチャンスが生まれると思います。

若手の技術者で、入社してOJT中心で突っ走って経験を積んだところで、一旦、山から離れて体系だって勉強したいと考えておられる方に組込み適塾は向いてると思います。カリキュラムはソフトウェア工学に基づいた体系的なものになっていますので、きちんと学びたい方には最適です。また、講師陣も産学官で分野を問わず、関連分野で一流といわれる方が集まっているのが組込み適塾の特色になっています。非常に実践的なお話が聞けると思いますので、ぜひ組込み適塾の門を叩いてみてください。

――本日はいろいろお話をしてくださり、ありがとうございました。

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執筆: 大木 晴一郎

ライター

IT系出版社等で書籍・ムック・雑誌の企画・編集を経験。その後、企業公式サイト運営やWEBコンテンツ制作に10年ほど関わる。現在はライター、企画編集者として記事の企画・編集・執筆に取り組んでいる。
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