今や世界中の人々が日常的に利用する写真・動画共有SNS「Instagram」。しかし、原型となったSNSは、あまりにも多機能で複雑すぎたためにユーザーからそっぽを向かれていた事実をご存知でしょうか。そのSNSの名は「Burbn(バーボン)」。Burbnは多彩な機能を備えていましたが、パッとせず人気を得られずにいました。しかし、ある決断がもとで、「Instagram」へと変身し、大成功を収めることになります。そこで今回は、この事例からプロダクトを成功へと方向転換させる方法を探っていきたいと思います。
- もくじ
1. Burbnの誕生と失敗の兆候
1-1. 位置情報SNS「Burbn」とは?
Burbnは、2010年初頭にケビン・シストロム氏によって開発が始められた、当時流行の兆しを見せていた位置情報共有サービス(ロケーションベースSNS)でした。当時スタンフォード大学の卒業生だったシストロム氏は、バーボンウイスキーを好んでいたことから、その名前にちなんでアプリを「Burbn」と名付けたといわれています。
競合を上回るべく、「Burbn」は多彩な機能を意欲的に盛り込んでいきます。基本は、ユーザーが自身の位置情報を登録して投稿することで、友人と現在地を共有したり、場所を軸にした交流を展開したりできることにありました。
シストロム氏はこのアイデアで、2010年3月、ベンチャーキャピタルからの資金調達に成功し「Burbn」の開発に専念します。さらに、エンジニアとしてスタンフォード時代の知人だったマイク・クリーガー氏をチームに迎え入れます。順調なスタートだったといえます。
1-2. しかし、多機能すぎて大苦戦
鳴り物入りでスタートした「Burbn」でしたが、アプリが完成すると深刻な問題が浮き彫りになります。「複雑すぎた」のです。
開発チームが良かれと思って実装した多彩な機能群は、ユーザーにとって扱いにくかったようです。チェックインの他に写真共有、タグ付け、コメント、ゲーム要素など多様な機能が用意されていましたが、ユーザーからは「混乱する」といったフィードバックが寄せられました。初見で何をすればよいのか分かりにくかったのです。
言い換えると、ユーザーは、このアプリで何をすればよいのか、どう使えば自分の生活が楽しく、便利になるのかイメージできませんでした。
その結果、「Burbn」は伸び悩み、スタートアップとしては苦しい状況に陥ります。しかし、この失敗の中で、開発チームは一つの希望の光を見出します。それは、多くの機能がほとんど使われない一方、写真共有機能だけは、一部のユーザーによって熱心に使われ続けていたという事実でした。
1-3. 初期評価から見えたデメリット
シストロム氏とクリーガー氏は、この状況を深刻に受け止めました。Burbnが抱えていた問題は、「プロダクト・マーケット・フィット(PMF)」が不足していたという事実でした。これはプロダクトが、顧客の課題を解決し、マーケットに適合している状態を示す概念で、「Burbn」は、PMFを達成できていなかったということになります。
言い換えると、開発チームが「これは便利だろう」と考えて実装した機能の多くが、ユーザーが求めているものではなかったということです。
さらに問題だったのは、アプリのアイデンティティが曖昧だったことです。位置情報アプリなのか、ソーシャルネットワークなのか、写真共有アプリなのか、多機能で何でもできるがゆえに、「Burbnとは何か」を一言で説明できなかったのです。
多機能が逆に新規ユーザーの獲得や定着の妨げになっていることが明確になり、抜本的な見直しが必要とされました。この明確なPMF不足の認識が次の一手を生み出すことになりました。
2. 「機能削除」という大胆な選択
2-1. 「ウケている」機能は何か?
シストロム氏とクリーガー氏は、集まってきたユーザーデータを分析し、どの機能が使われ、どの機能が無視されているのかを冷徹な目で見つめ直したのです。
その分析結果は明白でした。利用頻度やユーザーの滞在時間、好評の声などを精査した結果、チェックイン機能や計画作成機能、ポイントシステムといった他の多くの機能が混乱を招いていた一方で、写真共有機能だけが突出して利用されていました。
彼らは、ユーザーは「自分自身を表現する場所」を求めているのではないか、という仮説に至り、写真を軸にしたコミュニケーションがサービスのコアバリューとなることを見出します。この発見の背景には、2010年当時はスマートフォンの普及が加速し、モバイル写真撮影が大きなトレンドになりつつあったこともあります。
マーケットには、簡単に写真を撮り、それを魅力的に見せ、すぐに共有したいという明確なニーズが存在していました。Burbnのユーザーデータは、この可能性を示唆していたのです。そして「ウケている」たった一つの機能=写真共有機能こそ、彼らが集中すべき核となる価値だったことになります。
2-2. 思い切って捨てた!
このデータ分析と洞察に基づき、二人はスタートアップにとって最も困難ともいえる決断を下します。それは、「Burbn」のほぼすべての機能を「捨てる」ことでした。
「Burbn」というアプリそのものを一度解体し、唯一ユーザーに愛されていた写真共有機能だけを残し、そこからプロダクトを再構築することを選びました。
なんと、「Burbn」の当初の核であったはずの「チェックイン機能」や「位置情報の共有」、「将来の計画機能」、「ポイントシステム」といった要素はすべて大胆に削ぎ落とされました。重複していたタグ付け機能なども廃止されました。
この決断は、決して簡単なものではありませんでした。とくに少数とはいえ「Burbn」の初期ユーザーや、投資家に対して説明するのは困難を伴ったようです。実際に、一部の初期ユーザーからはネガティブなフィードバックもあったといわれています。
しかし、彼らの意志は固く、信念を持って、「写真を撮って共有する」ことに機能を絞り込み、写真共有での一点突破を選びました。この決断は、ユーザーが混乱するというフィードバックを真摯に受け止め、複雑さ(Complexity)を捨てて、単純さ(Simplicity)を選び取った結果だったといえます。
2-3. 「最小限の価値」に集中する
「Burbn」を捨て、写真共有に特化するというこの劇的な方向転換は、まさに「リーン・スタートアップ」の方法論を体現するものでした。
リーン・スタートアップとは、エリック・リース氏が提唱した起業・製品開発の手法です。その中核には、「構築(Build)」「計測(Measure)」「学習(Learn)」というフィードバックループを高速で回すという考え方があります。
「Burbn」のケースで見ていくと、まずプロダクトを「構築」し、市場に出して(リリースして)、ユーザーの反応を「計測」(データ分析)しました。その結果、「Burbn」はPMFを達成していないという「学習」を得ました。
そして彼らは、「ピボット(Pivot)」と呼ばれる戦略的な方向転換を実行します。ピボットとは、事業の核となる仮説の一部を変更し、新たな戦略で再出発することです。「Burbn」の場合、「多機能な位置情報SNSがウケる」という前提や仮説、思い込みを捨て、「シンプルな写真共有SNSがウケる」という新たな仮説を採用することにしました。
開発チームが残したのは、「写真投稿」「コメント」「いいね」という、まさに「最小限の価値(Minimum Viable Product = MVP)」を提供する機能だけでした。MVPに集中することで、市場とユーザーの反応を確かめながら改善を図り、ユーザーが本当に求めている価値は何かを、深く、速く検証しようとしたのです。
3. Instagramへの転換と成長戦略
3-1. 写真共有とフィルター機能への特化
「Burbn」という複雑な船を沈める決断をしたシストロム氏とクリーガー氏は、写真共有というたった一つの機能にすべてを賭けました。こうして「Burbn」を刷新し、写真共有に特化したサービスとして生まれ変わったのが「Instagram」です。
もちろん、写真を共有できる競合アプリは、すでに存在していました。開発チームが必要としたのは、ユーザーが「自分の写真を共有したくなる」ための強力な動機付けでした。「Burbn」のデータ分析では、重要なインサイトが得られていました。
それは「Burbn」内で最も熱心に写真を投稿していたユーザーたちは、外部の写真編集アプリで写真を加工してからシェアしていた、ということです。理由は2010年当時のスマートフォンのカメラ性能はまだ発展途上で、撮影したままの写真は、あまり見栄えが良くなかったからです。ユーザーは「自分の写真は、そのままでは良く見えない」と感じていたことになります。
ここから一つの仮説を導き出すことができます。「もしアプリ内で、簡単に写真を見栄え良く加工できれば、もっと多くの人が、もっと頻繁に写真をシェアしたくなるはずだ」ということです。この仮説から、「Instagram」を象徴する機能の一つ「フィルター機能」が誕生します。
複雑な写真編集ソフトの知識がなくても、スマートフォンで撮った何気ない日常の写真を、簡単な操作で美しい、芸術的な作品に変貌させる「魔法」がフィルター機能でした。これが、競合に勝る圧倒的なユーザー体験となりました。フィルター機能は単なるデコレーションにとどまらず、写真共有体験の質を向上させる重要な要素となります。
開発チームは「写真投稿」と「フィルター」という2つの機能に、開発リソースを集中させることにします。
アプリの名前も「Burbn」から「Instagram」へ変更しています。「instant camera(インスタントカメラ)」と「telegram(電報)」を組み合わせた造語で、アプリの機能や「できること」を明確に示す名に変わり、より分かりやすくなりました。
3-2. 成長を加速させたUI/UX設計の工夫
機能の特化は、そのままアプリの使い勝手、すなわちUIとUXの設計にも直結しています。「Instagram」は、徹底的にシンプリシティが追求されることになります。操作の簡便さを追求し、写真投稿のステップを極力減らし、直感的なインターフェースを実現しました。
さらに、彼らは当時のユーザーが感じていたもう一つの大きな不満を解消する取り組みも進めました。それは「投稿の遅さ」です。2010年頃のモバイル通信環境はまだ貧弱で、写真のような容量の大きなデータをアップロードするには時間がかかりました。
そこで開発チームは、技術的な工夫を凝らしました。ユーザーが写真を選び、フィルターをかけ、キャプション(説明文)を入力している作業中に、アプリのバックグラウンドで写真のアップロード処理を開始するように設計したのです。
これにより、ユーザーが最後に「投稿」ボタンをタップした瞬間には、アップロードの大部分、あるいはすべてが完了していて、ユーザーの体感としては「ボタンを押した瞬間に投稿が完了する」という、まるで魔法のような「速さ」を体感することができたのです。
「ワンタップで写真が美しくなるフィルター」ことと「瞬時にそれを共有できる速さ」で、洗練されたユーザー体験を実現したのです。
3-3. 「シンプル」が生んだ爆発的ヒット
「Burbn」の失敗から学び、写真共有の特化型へとピボットし、UI/UXを磨き上げるまでにかかった期間は、驚くべきことに、わずか8週間だったといわれています。そして、2010年10月6日、「Instagram」はAppleのApp Storeで正式にリリースされました。
反応は、「Burbn」とは比較にならないほど劇的で、リリースからわずか数時間で数千人がサインアップし、なんとリリース初日で25,000人のユーザーを獲得しました。人気は瞬く間に広がり、アクセスが殺到した結果、サーバーは即座にダウンしたといわれています。成長は驚異的で、2ヶ月で100万人のユーザーを獲得し、1年後には1,000万人に達しています。
「スマートフォンで撮ったイマイチな写真を、ワンタップでオシャレにして、すぐに友だちと共有できる」Instagramの単純明快な価値提案が、ユーザーを惹きつけたことになります。
この爆発的な成長は止まらず、「Instagram」はリリースから1年半後の2012年4月、当時13人の従業員しかいなかったにもかかわらず、Facebook(現Meta社)に約10億ドルで買収されるという、スタートアップ企業のシンデレラストーリーを体験することになります。
4. プロダクト改善の思考法
「Burbn」の失敗と、「Instagram」への転身は一つサクセスストーリーではなく、エンジニアやプロダクト開発者に多くの教訓を示してくれています。
4-1. 機能追加よりも価値最大化
プロダクトやサービスの人気が出ないと、エンジニアの多くは「機能が足りないからではないか?」という不安に駆られがちです。そして、競合が持つ機能や、ユーザーからリクエストされた機能を次々と「追加(Add)」してしまうという罠に陥ります。
Instagramの成功が教えてくれるのは、その逆の発想です。プロダクト改善において機能をただ増やすよりも、ユーザーにとっての価値を最大化することが重要です。むしろ不要な機能はユーザー体験を阻害し、離脱の原因となります。真に重要なのは、ユーザーが価値を感じる核を見極めることです。
4-2. 継続的検証の実践
「Burbn」開発チームは、自分たちの当初のアイデア(=多機能な位置情報SNSがウケる)が正しいという思い込みに固執しませんでした。彼らは、リーン・スタートアップの「構築」「計測」「学習」のループを忠実に実践しました。
「Burbn」から「Instagram」への進化は、継続的な検証と分析によって支えられました。彼らは、データだけを見ていたわけではありません。現実のユーザーと対話することの重要性も認識していたといわれています。
机上の空論で機能を追加・削除するのではなく、現実のデータとユーザーの生の声(定性・定量情報)に基づいて仮説を立て、それを検証し続けることが、Instagramの成功要因の一つだったといってよいと思います。
4-3. 失敗からの学びを次の成功につなげる
最後に、そして最も重要な教訓は、失敗を恐れず、そこから学ぶ姿勢です。「Burbn」は、単体で見れば資金を調達したにもかかわらず、ユーザーに受け入れられなかった失敗プロダクトかもしれませんが、これを必要不可欠な学習プロセスとすることで、Instagramの誕生につなげることができました。
もし、「Burbn」がそこそこ使われていたら、彼らは大胆な方向転換を決断できなかったかもしれません。「失敗は成功の母」で、「Burbn」の失敗がなければ、前進し、成功することはできなかったといえます。
プロダクト開発において、失敗は避けるべきものではなく、むしろ「学習の機会」として積極的に活用すべきものだと、「Burbn」と「Instagram」は教えてくれています。
5. まとめ
今や世界的なSNSとなった「Instagram」ですが、その前身「Burbn」は、多機能・複雑すぎてユーザーに受け入れられないSNSでした。開発チームは、この失敗から目をそらさず、ユーザーデータを徹底的に分析しプロダクトを再構築しました。「Burbn」から「Instagram」への転換劇は、機能追加よりも価値の最大化、継続的な検証、そして失敗からの学習という、プロダクト開発における普遍的な教訓を私たちに示してくれています。


