さまざまな現場でQA業務に携わっている方々の「声」をお届けする『隣のQAに聞く!』。社会のデジタル化が進み、クラウドサービスを活用して企業変革を推進する時代になっています。その流れもあり、さまざまなクラウドサービスへの関心が高まりを見せ、同時にアプリやソフトウェアの品質も重視されるようになりました。そんな中、他のチームでは、どのようにQA業務を実施しているか、気になっているエンジニアの方も多いのではないでしょうか? 本記事では、QAに取り組む上でのポイントなどを伺い、皆さまにお伝えします。
今回は株式会社リンクアンドモチベーションの河野 智則さん、小島 直毅さんに、同社のSRE(サイトリライアビリティ(信頼性)エンジニアリング)とQAを融合したユニークな『SRE/QAチーム』の特徴と同社のQA活動についてお話をいただきました。
今回インタビューを受けてくださった方

- 河野 智則 氏
株式会社リンクアンドモチベーション
SRE/QAユニットマネージャー
20代前半に独学でプログラミングを学び、エンジニアリングの世界に入る。2011年に入社した大手メディア企業でテックリード、マネジメントといった立場から技術評価や組織作りに取り組む。2020年6月、株式会社リンクアンドモチベーションに入社。SRE/QAユニットマネージャーとしてチームを率いる。

- 小島 直毅 氏
株式会社リンクアンドモチベーション
QA エンジニア
2018年、新卒で株式会社リンクアンドモチベーションに入社。当初はバックエンド開発を担い、後にQAチームに加わる。現在はチームリーダーとしてプロジェクトをリードする存在。学びを通じてJaSST(ソフトウェアテストシンポジウム)に参加。「JaSST'21」には「QAのファンネルで将来のQAチームを描く」で登壇。
- もくじ
『顧客価値を安全に、迅速に、確実に届ける』ためSREとQAで共通の指標を設定
――御社はSaaS製品などの品質を向上させるため『SRE/QAチーム』を構成するなど、新たな取り組みを推進されています。まず、SRE/QAチームの位置づけや目標、ミッションを含めて、なぜこのような挑戦をされているのでしょうか?
河野氏:もともと我々は職能別の組織体制をとっていましたが、昨年、ミッション制の組織へと変革しました。この流れの中、SREチーム、QAチームでクラウドサービス『モチベーションクラウド』をはじめとするプロダクトの効果的な改善活動をするための指標を探しました。闇雲に品質、生産性を改善しても何がどれだけ良くなったのか評価できないため、品質、生産性を上げるための現実的な指標が必要だという考えに至りました。
そのとき、フォーキーメトリクス(Four Key Metrics)に出会いました。これはデプロイ頻度、復元時間、変更失敗率、リードタイムの4つを指します。これらは、顧客満足度、収益性、生産性と相関している指標です。科学された指標であり、SREとQAの共通の指標にできるという気づきもあって、二つの活動が近づいたのがSRE/QAチームがはじまる"きっかけ"でした。
このようにして共通のモノサシを持つSRE/QAを一つのチームとして組成し、『顧客価値を安全に、迅速に、確実に届ける』というミッションを掲げました。SREやQAといった横断的に活動するチームは顧客(エンドユーザー)から遠くなってしまうことが多いため、どこに私たちが価値を提供しているのかを明確に言語化し、"顧客に価値を提供するために活動している"ことを明確にしました。「スピードと品質はトレードオフではなくて、"AND"で取れるものである」といった考え方も同時に表現しています。
――SREとQAが一緒に品質改善に取り組む以外にも、他社のQAに比べて「ここが違う」と捉えられているポイントはありますか?
小島氏:私が感じる特色一つは「とても活気にあふれている」ことかと思います(笑) 言い替えると周りを巻き込もうとする意欲がとても強いです。品質という一つの目標に向かって、守護神やゴールキーパーのように"守る"のではなく、どうやったらより良いチームになれるのか?みんなで達成するためにはどうしたらいいのか? このテーマに対して熱意があふれ出て、結果的に活気に満ちているのだと思います。
要件定義から設計の中で、顧客のユーザーストーリーをPdM、エンジニア、QAと、みんなで良くしてこうとしています。その中で、QAから盛り上げていくアクションが取れている状態です。クオリティの意味をより広く捉えると、ソフトウェア品質とは、バグがないだけではなくて顧客に価値を提供することだとチーム内で共有できていると評価しています。
顧客価値が届いている実感がやりがいに繋がっていく
――SRE/QA活動を続けていて、どんなときに「やりがい」や「楽しさ」を感じていますか?
小島氏:一つは私たちが作ったものが、本当に人々の役に立っていると感じられたタイミングです。そして、改善するプロセスそのものに関われていることです。
二つめは、チームが本来あるべき価値に向き合うようなアクションをQAから提供できていると実感できたときですね。特にクラウド製品においては、製品品質を上げるだけでなく、開発を続けるチームそのものもプロダクト品質の一部だと考えています。そのため、チームがより良くなること自体がやりがいに繋がっています。
――反応が返ってきたり、チームが良くなっていったりすることが「楽しさ」に繋がっているのですね。
河野氏:実際に私たちが環境や品質面で関わっているプロダクトを使ってくださった顧客から「こんな良い変化があった」といった喜びの声を聞く機会を定期的に設けるような仕組みがあります。仕組みの提供やプロセス改善といった間接的な関わりの中で、顧客への貢献を実感できることが、私にとってやりがいの一つになっています。
1チームで共通の目的に向かっていくことがとても大事
――業務を進めていく上で大事なポイントはどこにあるとお考えでしょうか?
小島氏:明確に注意を払っているのが、人を責めないことです。失敗はエンジニアから出るというよりも、例えば認識齟齬や、実装の中での勘違いなど、ケースによって原因は千差万別です。一つ一つのバグに対して全て調べることは不可能であり、可能であっても工数的に不可能に近いこともあります。ですから、問題の原因を個人に帰結させるようなコミュニケーションを極力取らず、一緒に対応する姿勢を取り続けることが重要だと思っています。
もう一つ、これはとても表現しづらいのですが、常に明るくしていることです。例えばですが、物事の捉え方において、バグを見つけて、「見つけたから、より良くできる」と考えるのか「これ見つけたから直さなくちゃな~」と悲観的に感じるのでは、全く違います。前者のように基本的に楽観的に捉えることが大切だと思います。それが文化となっているので、QAチームは、ひたすらにポジティブな発信をしています。
河野氏:1チームで共通の目的に向かっていくことがとても大事だと考えています。チームの成立要件には、共通の目的、協働意志、コミュニケーションといった要素があります。例えば私たちSRE/QAチームだけが目的を追い、それを押し付けるような関係性では絶対に上手くいきません。
共通の目的を、コミュニケーションを通じて共有し、協働意志を高めるというステップを丁寧に進めています。「一緒にこの目的を達成するために頑張っていこう」という協働意識が生まれるよう、目的共有だけでなく、お互いが仲良くなることも大事にしています。
QAは言語化が難しい、とても人間的な側面で成り立っている
――QAとして、エンジニアとして仕事をはじめたとき、苦労されたことはありましたか?
小島氏:QA的な技術やノウハウは、いろいろなものを読めばインプットできますが、今回、ここまで話してきたことは、コミュニケーションや人としてのあり方といったことが多いです。QAは言語化がなかなか難しい、とても人間的な側面によって成り立っているポジションだと思います。こういったコミュニケーションなどを体得するまでの期間は、とても苦しかったですね。
――そういった苦労があったのですね。技術の学習や情報収集について工夫されていることはありますか?
小島氏:QAに絞ると、情報収集は工夫が必要だと考えています。3点あると思います。1点目は、品質保証に関するナレッジについては良い本は時代に関わらない傾向があると感じています。なので今、業界で活躍している方々に良い本はないかと聞き、1980年代の本でも買って読む形で研鑽しています。
2点目は、QA業界はTwitterが盛んだということですね。少しずつ知り合い増やし、フォローを増やしながら共有されている情報をキャッチアップしています。日本だけでなく海外も含めて、世界でどういう情報が共有されているのか確認するようにしています。
3点目はコミュニティです。QAという立場で周囲をリードするようなメンバーは、社内に1人しかいないこともあり、なかなか相談もできません。何をすれば良いのかわからないこともあるので、QAを担う方々が集まるコミュニティに参加して、技術的なアップデートはもちろん、悩み相談をすることもあります。
――それでJaSST(ソフトウェアテストシンポジウム)に参加し、登壇(JaSST'21)されているのですね。ところで、お勧めの本を紹介いただけないでしょうか。
小島氏:1995年に刊行された「ソフトウェア品質保証の考え方と実際」(保田勝通/日科技連出版社)がよく勧められていると思います。それと、2006年の「現場の仕事がバリバリ進む ソフトウェアテスト手法」(高橋寿一・湯本 剛/技術評論社)ですね。私は、この2冊をよく読んでいます。
――学びを短期間で進めておられますが、そのパワーの源はどこになるのでしょうか?
小島氏:一つは深さのある「面白さ」だと思います。20年前、30年前の本を広げて読むように、ソフトウェアだけではなく品質とは何なのか、工業の中でどのように触れられてきたのかなど、いろいろなところに知見が存在しています。何十年たっても一つにまとめることはできないですし、品質というもののあり方が変わってくる中で、「自分はどういうふうに考えるのか?」と興味を持って楽しめました。
もう一面で、どれだけ考えても何も出てこないという苦しみも同時に味わい、それに向かってがむしゃらに頑張ってきたというような形だと思います。
バグの数だけに拘らないような、高品質のメトリクスを作っていきたい
――今後、業務を通じて達成したいことがございましたらお教えください。
河野氏:SRE/QAという体制を組んできて、シナジーを生み出せるようになりましたが、もっとできることが、まだまだ、これからあると思っています。
今、きっかけになりそうだなと思っているのが、QAのメンバーがSREの業務をやりたいと言ってくれていることです。QAスキルを生かしながら、SREをやることで、性能環境や自動テストツール提供など、ハンズオフなし迅速に品質価値を提供ができるようになります。もしくは新たなキャリア形成のロールモデルが作れるかもしれません。こういったことを今後実現できたらいいと考えています。
――場合によっては、近い将来、新しい職種ができる可能性がありますね。
小島氏:よりQAにフォーカスを当てて申し上げると、今後、開発一つ一つによりカスタマイズした形でソフトウェア品質、顧客品質を定量的かつ定点的に、モニタリングして評価できるようになっていくと思っています。それを使い、いわゆるバグの数とか、そういうところだけに拘らないような、高品質のメトリクスを作っていきたいです。
――最後に、QA業務にチャレンジする方々にメッセージをお願いいたします。
小島氏:「品質」を扱う上で、例えば、目の前で起きているバグや固定的なソフトウェア品質だけを見るのではなく、私自身は、プロダクトが何を実現できたら「品質が高い」と言えるのかを考えるQAエンジニアになっていきたいと考えています。今後、業界もそのようにしていきたいと考えています。
その意味で、これからQA業界での活躍を目指す方は、目の前のテスト業務の中でもそうですし、それよりもさらに広い視点で、プロダクトが「どう良くなっていくべきか」を考え続けることが大事だと考えています。
――本日はお時間をいただき、ありがとうございました。