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行動心理学から紐解くプロセス改善 -プロセス改善は、目標に合ったコミュニケーションで進める-

更新日|2020.05.01

小谷ひかり

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バルテス株式会社 小谷です。
私は新社会人の頃から品質に携わっており、2020年3月現在は、品質保証部門で、開発チームのプロセス改善に携わっています。品質保証部門にいると、開発チームが期待通りに行動してくれないことに悩まされることが多々あります。

たとえば、プロセス改善を推進している際、開発プロジェクトのマネージャが「やらされ感」を持ってしまうことに困ること、ありませんか?
プロジェクトマネージャと「今までのプロジェクトよりも高品質なシステムを出荷しよう」と合意したとします。けれども、プロジェクトマネージャは、言われたことを形だけ作業としてやっているだけで、内容が十分に検討されていない。時にはお願いしたことが無視されてしまう。そんなこと、ありませんか?

もし、あなたの後輩が同様の状況に遭って、「上長に相談しようと思うがどうか?」と相談してきたとしたら、あなたは、なんと返しますか? その後輩の考えに賛成でしょうか? それとも、上長へのエスカレーションは止めるでしょうか?

この場合、上長へのエスカレーションはあまり効果的ではありません。なぜなら、上長へのエスカレーションは、このプロジェクトマネージャのやる気には繋がらないからです。

プロジェクトマネージャがやらされ感を感じてしまったら、どうしても作業は形骸化されがちです。
「やらされ感」を回避して、人が能動的に行動していくようにするには、その人に合った動機づけが重要です。その動機づけには、改善推進とプロジェクトマネージャとのコミュニケーションが非常に大切になります。

適切な動機づけを考える際、非常に役に立つのが行動心理学です。
行動心理学とは、人がなぜそのような行動をするのかを、心・感情・心理状態から研究する学問です。IT業界でも、行動心理学を活かせる場面が多くあり、プロセス改善の推進にも応用できます。私は、新社会人の頃から、品質と並行して、行動心理学にも携わってきました。

本解説記事では、プロセス改善のコツを、行動心理学の視点から解説します。
解説は以下の順で記載してあります。

  • 改めて、プロセス改善の目的は何か
  • プロセス改善が上手く回らない2つの形
  • なぜ、行動心理学による動機づけが必要なのか
  • 行動心理学による動機づけはどういったものなのか

改めて、プロセス改善の目的は何か

プロセス改善の目的は「品質向上と生産性向上のために行うもの」と、私は捉えています。
モノづくりのやり方や仕事のやり方を改善することで、生産性と品質を向上させるという考え方です。

プロセス改善が上手く回らない2つの形

プロセス改善は、生産性と品質を向上させるために無くてはならないものです。しかし、プロセス改善を推進しようとしても、うまく回らないことも本当によくあります。
うまく回らない形は大きく分けて2つあります。

まず一つは、「改善活動そのものがキックされない」ことです。
プロセス改善は仕事のやり方を変えることですが、仕事のやり方を変えることには、メリットの他にも、リスクを伴うことでもあります。今まで安定的に行ってきたやり方を変えると、何か問題が生じる可能性もあります。「完璧とは言わないが、今までそれなりにやってきたし、その実績もある。なぜ、今までのやり方を変える必要があるのか? 新しいやり方でうまくいく保証はあるのか? うまくいかない可能性だってあるのではないか?」という心理・疑問が根底にあるためです。こういった疑問があることは、ある意味、当然の話です。

プロセス改善がうまく回らないもう一つの形は、「形骸化」です。
開発プロジェクトのリーダやメンバーは非常に多忙なので、トップダウンで指示された施策の意義や意図が理解されていなかったら、単に自分たちの仕事を阻害する「余計な仕事」と捉えられてしまうものです。そのような状況下で、プロセス改善の推進者が、活動に取り組むように口酸っぱく働きかけても相手に届かず、うるさく言われるので仕方なく、やっつけ仕事で「やったことの証拠だけ残す」ことに留まることになります。こんなことでは、もともと目指したかった生産性向上や品質向上までと到達できませんし、その施策が定着することも望むべくもありません。

現場への"締め付け"では上手くいかない

「改善活動そのものがキックされない」 と 「形骸化」。
プロセス改善を推進している方は、誰でも一度は遭遇したことがあるのではないでしょうか。
しかし、改善推進者の思い通りにいかないからと言って、締め付けをより厳しくしても、解はありません。

大切なのは、改善活動を行う目的・意義・意図・目標を、関係者全員で理解されている状況を作ることです。

  • プロセス改善を行うことで、どんなメリットが得られるのか、狙いは何か
  • 改善活動を行わないと、将来どんな問題が起こることになるのか

これらを一度だけ説明しても理解が得られるものでもありません。
何度も何度も繰り返し説明することで、だんだんと浸透していくくらいに思っていた方が良いでしょう。
プロセス改善推進者には、浸透させようとする施策の中身を誰よりもしっかり理解していて、人に分かりやすく説明できるだけの素養と、根気強さ、粘り強さ、執念深さが必要です。

重要なので繰り返しますが、プロセス改善を推進するためには、その施策はなぜ行う必要があるのか、それを行うことでどんな効果が得られるか、これらを現場がしっかり理解することが非常に大切で、プロセス改善を行う上での前提条件になります。

行動心理学をベースにした「動機づけ」で、もう一押しする

上述のとおり、プロセス改善の意義や意図を、現場はもちろんのこと関係者全員で理解しておくことは、前提条件であり、必須条件です。 しかし、プロセス改善の意義や意図を説くだけでは、プロセス改善を推進するにはまだ足りないこともあります。

「プロセス改善を進める必要性とメリットは分かったけれど、いつも忙しくて、その余裕が無い。余裕がある人だけで進めて欲しい。」

プロセス改善は全員参加でなければ立ち行きませんので、上記のような状況は何とか打破したところです。そのための道具が、行動心理学をベースにした「動機づけ」です。
行動心理学をベースにした「動機づけ」の考え方は、各人の行動原理に合わせて動機づけするというものです。
つまり、プロセス改善を行う意義を、その人の関心事や問題意識、達成したいことに重ね合わせて自分事(じぶんごと)とする、というものです。

以降では、行動心理学をベースにした動機づけの手法を、以下の順で解説します。

  1. 目標のタイプの整理
    ・行動心理学では、目標に応じて適切な動機づけの方法は変わってくるとしています。
    まず最初に、目標にはどんなタイプがあるのかを解説します。
  2. 動機づけのパターンの整理
    ・行動を起こしたくなるような動機づけの方法は一つだけでなく、いくつかあります。それを解説します。
  3. 目標の種類と動機づけの関連
    ・目標のタイプと動機づけのパターンを繋ぎ合わせ、改善推進者と開発部門とが円滑にコミュニケーションしてプロセス改善を推進する方法を解説します。
    つまり、行動する意欲を抱かせるようにするには、動機づけしようとする相手側の人が抱いている目標のタイプに応じて、いくつかある動機づけする方法の中から適切なものを選択するようにします。

1.目標のタイプの整理:目標の4象限

まずは、目標にはどんなタイプがあるかをご説明します。目標のタイプは、以下のように、4象限で表すことができます。
以下に示すイメージ図は、「目標タイプ」の一例です、その内容は「学校のテストで良い点を取る」ことを題材にしています。

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上記のように、目標は大きく分けて2つの軸で整理できます。

  • 横軸:目標のベクトルが誰に向かっているか(目標の判断基準)
  • 縦軸:目標が「前向き」か「後ろ向き」か(目標の方向)

以下、詳細を説明します。

1-1. 目標のベクトルが誰に向かっているか(目標の判断基準)

「目標の4象限」の横軸は、目標のベクトルが誰に向かっているかを表しています。
目標のベクトル、「熟達目標」と「成績目標」の2種類があります。両者の違いは、目標のベクトルが「自分に向いているか/自分以外に向いているか」です。

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「熟達目標」
目標のベクトルは、「自分」に向いています。
「前回のテストよりも高い点を取ろう」といった目標が「熟達目標」です。

「成績目標」
目標のベクトルは、「自分以外」に向いています。
「友達よりも高い点数を取ろう」や「親に褒められる点を取ろう」といった目標が「成績目標」です。

1-2. 目標の方向

目標のもう一つの軸が目標の方向です。「目標の4象限」では縦軸に配置されています。
目標の方向には、"接近目標"と"回避目標"の2種類があります。両者の違いは、目標が「前向き」か「後ろ向き」かです。

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"接近目標"は「前向きな目標」です。
「友達に認められるような良い点をとる」といった目標が"接近目標"に該当します。

"回避目標"は「後ろ向きな目標」です。
「追試を受けたくないから落第点はとらない」といった目標が"回避目標"に該当します。

目標の2つの軸、目標の判断基準と目標の方向を組み合わせますと、目標の4象限になります。
開発プロジェクトで「高品質の製品を作る」という目標を4象限で整理すると、以下の図のようになります。

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このように、「高品質の製品を作る」という目標一つを取ってみても、その捉え方はいくつものパターンがあることが分かります。目標の捉え方によって、その人の行動原理が変わります。その行動原理に合った動機づけをするのが、行動心理学をベースにした手法です。

2. 動機づけのパターンの整理

次に、動機づけのパターンを見ていきましょう。
目標に向かうためには、行動を起こす必要があります。人が行動したくなる気持ちのことを、行動心理学では「動機づけ」と呼んでいます。 この動機づけの方法は、いくつかのパターンがあります。

2-1. 内発か外発か

動機づけは大きく2つに分けることができます。 "外発的動機づけ"と"内発的動機づけ"です。両者の違いは、動機が「結果」によるものか「行動自体」によるものかです。

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"外発的動機づけ"は、結果への期待から来る動機づけです。
「良い大学に受かりたいから勉強する」や「全国大会に出たいから部活の練習に励む」といったものが、"外発的動機づけ"に該当します。

"内発的動機づけ"は、行動そのものから来る動機づけです。
「ゲームが楽しいからゲームする」「アイスがおいしいからアイスを食べる」といったものが、"内発的動機づけ"に該当します。
もし、プロジェクトマネージャが、プロセス改善に対して"内発的動機づけ"、たとえば「プロセス改善自体が楽しい!」と思っているならば、あまり悩む必要は無いでしょう。
品質保証部門などのプロジェクト外の者が、あれこれと口出ししなくても、プロセス改善は進めてくれるからです。

一方、たとえば「市場障害を減らしたいから」といった、"外発的動機づけ" に基づきプロセス改善を行う場合は、やらされ感がつきまとって、うまくいかないケースが多いものです。

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プロジェクトマネージャ自身が「プロセス改善自体が楽しい!」という"内発的動機づけ"が無いからこそ、私たち改善推進者が、プロジェクトマネージャに、プロセス改善をしたくなるような"外発的動機づけ"、「プロジェクトマネージャが期待する結果」を示すことが大切になってきます。

2-2. 4つの外発的動機づけ

前段で、動機づけには"外発的動機づけ" と "内発的動機づけ" の2つがあると解説しました。

"外発的動機づけ"は、更に4つに分けられます。
"外的調整"・ "取り入れ"・ "同一化"・ "統合"の4つです。これら4つの外発的動機づけは、動機の元になる要素がそれぞれ異なります。

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"外的調整"は報酬や罰から来る動機づけです。
「親に怒られたくないから勉強する」や「顧問に怒られたくないから部活の練習に出る」といった行動が"外的調整"による行動です。

"取り入れ"は義務感から来る動機づけです。
自分の立場や役割が要因になっている動機づけが"取り入れ"です。たとえば「長男だからさぼらずに勉強する」や「部長だからさぼらずに部活の練習に出る」といった行動が当てはまります。

"同一化"は必要性から来る動機づけです。
必要だと感じたり、納得したりする場合に起こる動機づけです。「親が言う『勉強しないと、いい大学に行けなくて、いい会社に入れないよ』という勉強すべき理由に納得して勉強する」や、「顧問が言う『これだけの練習をしているからイチロー選手はメジャーリーグで40代まで輝けたんだ』という練習の大切さに納得して部活の練習に励む」といった行動が"同一化"による行動です。

"統合"は、目的や価値観から来る動機づけです。
自分の「夢・希望・大切にしたい考え方」に合致した場合に起こります。「心から行きたい大学があるから勉強する」や「憧れのイチロー選手のようになりたいから部活の練習に出る」が該当します。

"外的調整"・ "取り入れ"・ "同一化"・ "統合"は、プロセス改善で言えば、以下のようになります。

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3.目標の種類と動機づけの関連

どの目標にどの動機づけが効果的かをアテネ大学とバーミンガム大学が2007年に共同で研究し、鹿児島大学が2009年に追加研究を行っています。それによると、目標と動機づけの関係性は、以下の表のようになっています。

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この表から、プロジェクトマネージャと合意した目標によって、やる気を引き出すコミュニケーションが異なることがわかります。

4. プロジェクトと合意した目標に合ったコミュニケーションをしよう

4-1. 目標タイプに合わない動機づけは逆効果

本解説記事 冒頭の事例を振り返ってみましょう。
冒頭の事例では、あなたの後輩はプロジェクトマネージャと「今までのプロジェクトよりも高品質なシステムを出荷しよう」と合意しました。これは、前回の自分よりもより良い結果を目指そうとする"熟達×接近"の目標です。

しかし、冒頭であなたの後輩が行おうとした動機づけは、「プロジェクトの上長へのエスカレーション」です。これは、報酬や罰による動機づけである"外的調整"です。
"熟達×接近"の目標に対する"外的調整"は効果的でしょうか? 先ほどお見せした研究結果に当てはめると、以下の図の赤枠に当たります。

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「今までのプロジェクトよりも高品質なシステムを出荷しよう」と合意したプロジェクトマネージャに対して、「上長にエスカレーションするぞ」と伝えるのは、逆効果であることが分かります。一時的にはやってくれるかもしれませんが、作業としてやっているだけで内容が十分に検討されていない状況からは脱却できません。

あなたが学生だった頃、テスト勉強を頑張ろうと思っていたのに、親に「早く勉強やりなさい。じゃないと部活禁止よ」と言われた途端にやる気がなくなって、勉強机に座っているだけになった、という経験、ありませんか? 熟達×接近の目標に対して上長へのエスカレーションを行うと、それと同じ状態を生みます。

4-2. 目標とコミュニケーション

開発プロジェクトとどうコミュニケーションをして、品質保証を進めていくかは、立てた目標によって、異なります。

熟達×接近の目標 ⇒ 同一化(必要性)
熟達×接近の目標には、プロセス改善の必要性を伝えることが効果的です。
「今までのプロジェクトよりも高品質なシステムを出荷しよう」といった目標を合意したなら、「プロセス改善が高品質的なシステム開発に重要です」といったコミュニケーションがプロジェクトマネージャのプロセス改善を促します。

熟達×回避の目標 ⇒ 同一化(必要性)・取り入れ(義務感)
熟達×回避の目標には、プロセス改善の必要性を伝えることやプロジェクトマネージャの義務感に訴えることが効果的です。
「今回のプロジェクトは以前のプロジェクトよりも納期的に余裕がないけど、今までのプロジェクトよりも低品質にならないようにしよう」といった目標を合意したなら、「プロセス改善がシステム開発の低品質かを防ぐ」「以前のプロジェクトよりも低品質にしないのはPMの役目だ」といったコミュニケーションがプロジェクトマネージャのプロセス改善を促します。

成績×接近の目標 ⇒ 取り入れ(義務感)・外的調整(報酬と罰)
成績×接近の目標には、プロジェクトマネージャの義務感に訴えることや罰や報酬を伝えることが効果的です。
「今回は部門の他のプロジェクトの参考になるような高品質なシステムを作成しよう」といった目標を合意したなら、「前回よりも品質の良いプロジェクトにするのはPMの役目だ」「問題があったら上司にエスカレーションする」といったコミュニケーションがプロジェクトマネージャのプロセス改善を促します。

成績×回避の目標 ⇒ 同一化(必要性)・取り入れ(義務感)
成績×回避の目標には、プロセス改善の必要性を伝えることやプロジェクトマネージャの義務感に訴えることが効果的です。
「今回は出荷審査で上司や上層部に叱られるシステムを作成しよう」といった目標を合意したなら、「プロセス改善が出荷審査で低品質でない証明になる」「出荷審査でひっかかりそうになる品質にしないのはPMの役目だ」といったコミュニケーションがプロジェクトマネージャのプロセス改善を促します。

終わりに

プロセス改善に重要なのは、プロジェクトマネージャと合意した目標です。目標によって、効果的なコミュニケーションは異なってきます。プロジェクトマネージャに行動を促すときは、目標にあったコミュニケーションを心がけましょう。

参考文献

※1 SQiP研究会 ソフトウェア品質保証実態アンケート2010(プレ調査版)
https://www.juse.or.jp/sqip/community/bucyo/1/file/grp1.pdf

体育授業における達成目標の接近回避傾向と動機づけの関係
https://core.ac.uk/download/pdf/144571448.pdf

(用語集)内発的動機づけ・自己決定理論
http://smizok.net/education/subpages/aglo_00010(intrinsic-motivation&SDT).html

自己決定理論とは? 3つの軸と5段階のプロセスを理解して、内発的動機づけを促そう
https://learn-tern.com/self-determination-theory/

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ライター:小谷ひかり

バルテス株式会社 第1ソフトウェアテスト事業部

業務系システムの開発・運用・保守にSE兼プロジェクトリーダー兼コンサルタントとして携わった後、バルテスに入社する。入社後は、テスト自動化のプロジェクトを中心に、開発・テスト双方を含む5つのプロジェクト...