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エンジニアの「限りある時間の使い方」を考える。忙しさに依存しないために"非効率な時間"を作ろう
働き方・労働環境 2024.01.18
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エンジニアの「限りある時間の使い方」を考える。忙しさに依存しないために"非効率な時間"を作ろう

執筆: 小谷 ひかり

バルテス株式会社 コングロマリット品質サービス事業部 マネージャー

「毎日忙しくPJに取り組んだのに、一年前を振り返ると去年も同じような内容の毎日を送っていた気がする」と思うことはありませんか?
2022年に発売された『限りある時間の使い方』(オリバー・バークマン著 かんき出版)はそんな日々を見つめなおすことを提案する1冊です。

本記事では、『限りある時間の使い方』の考えを引用しながら、IT業界に向けた時間との向き合い方の転換を提案し、1年後の自分が振返ったときに「この1年で自分は大きく変わったな」と思えるようになるヒントをお届けします。

もくじ
  1. 短期的な生産性だけでなく非効率な時間も大切にしよう
  2. 仕事を眺め直し雑務を手放すことが重要
  3. 「明日の朝」から時間の使い方を変える
  4. おわりに

1.短期的な生産性だけでなく非効率な時間も大切にしよう

現代人は時間を効率的に管理したがる

仕事が詰まっている.png

Googleで「本 時間」と検索すると、「時間術」や「○○時間で仕事を終わらせる」といった類の本が多く候補に挙がります。毎日は忙しく、時間に対して不足感を覚え、なんとか効率的に時間を管理したい。そう考えている人が多いのかもしれません。

では、そもそもなぜ人は時間を効率的に管理したがるのでしょうか? その思考は現代特有の産物であると本書の著者であるオリバー・バークマン氏は述べています。

『現代人にとって、1時間や1日や1年という時間は、ベルトコンベアで運ばれてくる容器のようなものだ。 -中略- やることが多すぎて容器に入りきらないと、忙しすぎて疲れてしまう。容器が埋まらないまま流れていってしまうと、時間を無駄にしたと感じる。ちょうどいいペースで容器を埋めているときだけ、「時間を管理できている」という気分になり、焦燥感や罪悪感から逃れられる。』

限りある時間の使い方』オリバー・バークマン著 かんき出版 P27より抜粋

この時間を「容器」ととらえる感覚が、私たちに効率に時間を管理し、短期的な生産性の向上を追求させています。しかし、効率や生産性にばかり目が向いてしまうのは、エンジニアにとってはあまり好ましいことではないように思われます。

エンジニアには非効率な時間も必要

Googleで「エンジニア 効率」と調べると、「効率アップに役立つツール」や「仕事の効率化の技術」などが多数候補に挙がってきます。しかし効率化という言葉だけではエンジニアの仕事は片付かないように思います。それどころか、時には「非効率」こそが重要なのではないでしょうか。

エンジニアの仕事は大きく二種類に分けることができます。「手を動かすPG(プログラマー)的業務」と、「手だてを考えるPM(プロジェクトマネージャー)的業務」です。

PG的業務には効率や生産性という考え方は有効です。作業速度やコーディングスピードが仕事の進み具合に直結するからです。
しかし、一方のPM的業務はそうではありません。PMの一番の仕事は手を動かすことではなく考えることです。
リスクの対策方法、メンバーの管理方法、進捗の達成方法。そういったプロジェクトに必要な事項1つ1つについての対応を検討する業務、すなわち思考あるいはアイデア/ひらめきと呼ばれる行いは生産性では品質を確保できません。むしろそこでは「非効率」な時間が大切になってきます。

外山滋比古の名著『思考の整理学』では良い思考についてビール作りになぞられて以下のように書かれています。

『ビールをつくるのに、麦がいくらたくさんあっても、それだけではビールはできない -中略- これに、ちょっとしたアイディア、ヒントがほしい。 ―中略― このヒント、アイディアがビール作りなら醗酵素に当る。 ―中略― いくら苦労でも、酵素を加えなくては麦はアルコールになってくれない。それでは、アイディアと素材さえあれば、すぐ醗酵するのか、ビールができるのか、というと、そうではない。これをしばらくそっとしておく必要がある。―中略― "寝させる"のである。ここで素材と酵素の化学反応が進行する。どんなにいい素材といかにすぐれた酵素とが揃っていても、いっしょにしたらすぐアルコールになるということはあり得ない。頭の中の醸造所で、時間をかける。あまり騒ぎ立ててはいけない。しばらく忘れるのである。"見つめるナベは煮えない"』

思考の整理学』外山滋比古著 筑摩書房 P31-32より抜粋

リスクの対策方法、メンバーの管理方法、進捗の達成方法は、作業効率高くタイピングスピード早く詰め込めば出てくるものではありません。見つめるナベは煮えず、むしろ「寝させる」という一見非効率な時間が重要になります。

『思考の整理学』では寝させることについて以下のように解説しています。

『"三上"という語がある。中国に欧陽修という人が、―中略―すぐれた考えがよく浮かぶ三つの場所として、馬上、枕上、厠上をあげた。これが三上である。―中略― 問題から答が出るまでには時間がかかるということらしい。その間、ずっと考え続けていてはかえってよろしくない。しばらくそっとしておく。すると、考えが凝固する。』

思考の整理学』P37-38より抜粋

PJの問題からいったん思考を離して一見非効率な時間を過ごしている間に、問題解決の糸口がひらめくことはよくある話です。私は昼休憩中にコーヒーをのんびり飲んでいるときに良いマネジメント方法が湧いてきます。私の上司もよく「お風呂中に良い方法が浮かんだ」と笑いながら話しかけてくれます。見つめるナベは煮えないのです。

『限りある時間の使い方』から学べることの1つは「効率/生産性」が仕事の成果に繋がる全てではないことです。私も今までポモドーロテクニックやGTDやエクセル術やその他さまざまな仕事効率化の技術を学んできました。それらのスキルはプログラミング業務/テスト実施業務/テスト設計業務の進捗率は高めてくれましたが、PM業務/ライター業務/研修講師業務の品質にはあまり寄与しませんでした。

効率や生産性はけっして無駄でも無価値でもありませんが、もしあなたがこれまでに作業生産性への取り組みを1年以上行っているなら、この辺りで一度「容器」の効率的な管理を手放してみると新たな発見があるかもしれません。

2.仕事を眺め直し雑務を手放すことが大切

なぜあなたの平日には、ゆっくりコーヒーを淹れる時間がないのか

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前半では「寝させることが重要である」という話をしましたが、そのことを話すと「そんな時間はないです」と答える人がいます。「仕事で少しでも時間ができたら溜まっている業務を片さなきゃいけません」と彼らは言います。

時間を埋めるように打合せを設定する。打合せをしながら仕様書づくりを進める。5分時間ができたらチャットを読み返信をしたためる。のんびりコーヒーを飲んだ方がPJを大きく進展させる妙案が湧くチャンスがあるのに、どうにもその気持ちになれない。時間を何かで埋めてしまいたい。なぜ人は考えることではなく目の前のタスクを片すことに躍起になってしまうのでしょうか?

『限りある時間の使い方』では時間を何かで埋めるのは一種の現実逃避であるとしています。

『みんな何らかの現実を直視するのが怖くて、それを避けるために生産性やタイムマネジメントにしがみついている-中略-僕たちは全力で現実を回避する。まるで何の制約もないかのように、非現実的な幻想を追いつづける』

限りある時間の使い方』P39より抜粋

これは案件が炎上しているのと似た状況と言えます。炎上案件の中にいるとPGもPMも近視眼的になります。目の前の課題やリスクの対処に追われて、課題やリスクを生み出している根本原因への考察まで思考が回りません。

炎上案件を鎮火するときにはPMとは別に鎮火役の人をPJに入れます。そしてその人には目の前の課題への対処には振り回されない場所から炎上の根本原因について考察し対処してもらいます。

同様のことを私たち自身の仕事にも行う必要があるように思います。
目の前の業務に忙殺されない時間を確保する、その時間に自分が本当にやったほうがいい業務は何かを考察してみる。
そうして初めて人は業務に追われなくなるのではないでしょうか。

重要でもやりたいわけでもない仕事を少しずつ手放そう

目の前の業務に忙殺されない時間を確保するためには「まあやってもいいよ」という業務を手放すことです。会社には往々にして「重要じゃないし誰でもできるけど誰かにはやってほしい業務」があります。

  • PJメンバーの今日の体温の集計
  • 勤務表のフォーマットの更新
  • 次の打合せのスケジュール調整

もしあなたが新卒ではなく、どちらかと言えば人に何を教えたりアドバイスしたり指示出ししたりする立場であるならば、こういった「けっして嫌ではないけど重要でも心躍るわけでもない業務」は少しずつ手放していきましょう。
非効率な時間を過ごすのは怖いかもしれません。ですが、それは一種の依存なのです。

アルコール依存、薬物依存という単語を聞くと、怖くてドロドロとして陥りたくない世界を想像するかもしれませんが、『限りある時間の使い方』の著者は非効率な時間を確保するのが怖い人々のことを「忙しさ依存」と呼んでいます。

『世界はどんどん加速し、僕たちは超人的なスピードで動くことを期待されている。その速度に追いつけなければ、幸せもお金もけっして手に入らない気がする。自分が置いて行かれないかと怖くなり、安心感が欲しくてもっと早く動こうとする。ところが不安は消えず、依存のスパイラルが加速していくだけだ』

限りある時間の使い方』P199より抜粋

忙しさ依存を手放すために、まず今持っている「重要じゃないし誰でもできるけど誰かにはやってほしい業務」を、自分だけで抱え込まず周りの人と分担して、減らしていきましょう。

3.「明日の朝」から時間の使い方を変える

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時間の使い方を変えようというと、たいていの人は「じゃあ今の案件が落ち着いたらやってみるね」と回答してきます。
でも思い出してほしいのです。案件が落ち着いた試しがありますか?

「月末が終わったら案件が落ち着くから」と言っていたのに月初には案件で新しい課題が生まれていますし、「今週だけ忙しいから」と言っていたのに今週末には来週中に終わらせなきゃいけない緊急タスクが発生しているものです。
「そのうちPJが落ち着いたら」がほとんどやってこないのがエンジニア業務です。「そのうち」はやめましょう。

もし自分の仕事を変えてみようと思うのならば、明日から過ごし方を変えてみてほしいです。エンジニアには「今週より落ち着いた来週」はたいていやってきません。だから今の環境で始められることを明日から始めてみる、15分でも5分でも、キーボードを叩く手を止めてみるのが大切です。

過ごし方を変えるなら朝が良いと思います。「今のタスクを19:00までに終わらせて19:00からゆっくり考える非効率な時間を過ごそう」という気持ちは分かります。仕事を終わらせ切った後にのんびりと飲むコーヒーはうまいものです。
ですが、その機会は滅多にありません。エンジニアは忙しい時ほど定時後に打合せやタスクが挿入されるからです。
「急ぎじゃないけど自分にとって大切なゆっくりと思考するための19:00 」はたいていやってこないのです。それなら朝に先取りしてみてはいかがでしょうか。

「朝はこれから始まる業務が気になって、気持ち的にゆっくりしていられない」という人がいます。まずはそれでもいいのです。
最初のうちは、今抱えているタスクが気になってゆっくりする時間に集中できなくてもいいのです。忙しさに少しずつ慣れていったように、ゆっくりとした非効率な時間の過ごし方も少しずつしか慣れていかないものです。ゆっくりと過ごそうとすることから始めましょう。

おわりに

私は一人のエンジニアとして「インクリメント」というものが好きです。プログラミングの世界では値を"1"増やす演算をインクリメントと呼びます。
システムやWebサイトが綺麗に動いていても、内部ではFor文で1ループずつ i のインクリメントを地道に重ねています。

そんなインクリメンタルな処理を作る私たちエンジニア自身の仕事改善にも、震天動地な激変ではなくインクリメンタルな取り組みが合うのではないかと考えています。

1年後の自分がこの1年を振返って「自分にとって大きく変わったなー」と思えるように、明日の朝から15分だけでも小さな変化を試みてみませんか?

働き方・労働環境
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執筆: 小谷 ひかり

バルテス株式会社 コングロマリット品質サービス事業部 マネージャー

業務系システムの開発・運用・保守にSE兼プロジェクトリーダー兼コンサルタントとして携わった後、バルテスに入社する。入社後は、テスト自動化プロジェクト・品質保証プロジェクトを経て、現在は品質向上支援に携わっている。また、その傍らで、専門分野である心理学の知見に基づいて、新卒社員の指導や社内委員会の品質向上に力を注いでいる。