「量子コンピュータ」は、これまで使われてきた「古典コンピュータ」と異なる原理を利用して情報処理をします。古典コンピュータとは異なる「量子ビット(qubit)」を用いた動作原理を利用していることもあって、これまでは難易度が高かった問題を超高速で解くことができるとされています。
ただし、量子コンピュータはどんな問題でも高速で解けるわけではありません。
そこで今回は量子コンピュータの仕組みと得意領域などを説明します。
- もくじ
1.量子コンピュータ(quantum computer)とは
1-1 量子コンピュータとは
最近、報道などでよく見かける「量子コンピュータ」。AIに続く新世代の技術の一つとして学術研究の範囲を超え、ビジネスや一般ニュースでも話題です。
量子コンピュータは、新薬や新素材の開発や災害時の対応(シミュレーション)、自動車の自動運転(運行)システム、組み合わせ最適化など、古典コンピュータでは困難とされた大規模で複雑な計算をこなす新世代コンピュータとされています。期待されているのは、現在のスーパーコンピュータ(スパコン)でも計算に1億年かかるような問題を超高速で解くことができる、とんでもなくパワフルな計算力です。
「新世代」とはいっても、実は今後、あらゆるコンピュータが量子コンピュータに置き換わるわけではありません。量子コンピュータにも得手不得手があり、今、一般的に使われているようなコンピュータの用途(オフィスソフト利用、WEBブラウジングなど)で使われることはないでしょう。
現時点で、量子コンピュータは基本的に研究開発段階で、大学や研究機関、IT企業が実験、開発をしているところです。例外として、IBMをはじめとする先端企業から商用化されて販売されたり、クラウドサービスとして提供されたりしています。今後は、古典コンピュータ(従来型コンピュータ)と組み合わせて活用する手法が発達していくと予測されています。
1-2 2023年、国産の初号機が稼働! 日本でも実用化へ
日本政府は量子技術を社会経済システムに取り込む「量子未来社会ビジョン」(内閣府)構想を掲げており、積極的に量子コンピュータの開発等を支援する施策を進めています。
2023年3月27日には、理化学研究所が国産の量子コンピュータ初号機を公開しました。インターネットを経由して、企業や大学といった外部機関の利用が可能になっています。当面は試運転が続けられるようです。
この量子コンピュータは、2018 年から理化学研究所が大阪大学や富士通株式会社などと連携して開発してきたもので、文部科学省の研究開発プロジェクト『光・量子飛躍フラッグシッププログラム Q-LEAP(キューリープ)』の一環です。
2023年10月5日には、国産量子コンピュータ初号機の愛称が『叡』(英語表記は「A」)に公募で決まったと理化学研究所から発表されました。
新聞などで『叡』の活躍を見かける機会も増えそうです。
企業での研究開発も進んでいます。一例ですが、自動車部品メーカーの株式会社デンソーは、東北大学と共同で無人搬送車(AGV)の配送効率を高める技術研究を推進中です。この研究では量子コンピュータの一種である量子アニーリングコンピュータが活用されています。
1-3 「開発競争」ニュースの読み方
今後、量子コンピュータの開発競争が激化していくことが予測されています。量子コンピュータを実際に作り上げるには、多大なコストが必要になることから、IBMやGoogle、Microsoft、アリババといった企業をはじめ、開発者を支援する政府機関の動きから目が離せません。
後述するカナダのD-Wave Systemsが話題になったとき、ネットニュースやSNS等ではちょっとした騒動になりました。新たな動きが見られたとき、見る側(ウォッチャー)は早計な判断をしないのがポイントだと思います。
また、極秘で進められていたものがいきなり出てくることもあるので、量子コンピュータの理解レベルに自信がない場合は専門サイトなどのレビューが出そろってから判断するような「後出しジャンケン方式」でニュースを読むのがよい気がします。
2. 量子コンピュータの仕組み
2-1 超高速計算を可能にする「量子ビット(qubit)」
量子コンピュータが超高速計算できるのは、「量子ビット(qubit:キュビット)」を使うからです。物理の「分子」「原子」はご存じと思いますが、その原子の元になっているのが「量子」です。量子の世界では「0」でも「1」でもある「重ね合わせ」という特殊な物理現象が存在しています。これが量子ビットです。
2-2 量子コンピュータの種類
量子コンピュータには現在、大きく2種類が存在しています。一つが「量子ゲート方式」であり、もう一つが「量子アニーリング方式」です。それぞれに特徴があり、用途が異なっています。
量子ゲート方式
汎用性があるとされるのが、「量子ゲート方式」です。古典コンピュータの上位互換のように活用できる可能性があるとされています。量子ビットをどのように扱うかによって「超電導方式」や「光量子方式」など、数多くの種類があります。
本格的な実用化までには時間がかかるとされていましたが、2021年にGoogleが2029年までに量子ゲート方式のコンピュータを実現する計画を発表し、注目を集めました。
・超電導方式
IBMの「超電導方式」量子コンピュータが有名です。代表的な量子現象の超電導を利用するため、絶対零度(-273.15℃)に近い極低温を必要とします。
・光量子方式
日本で研究されている光を使う方式の量子コンピュータです。特徴は絶対零度が必要なく常温で利用できることです。
量子アニーリング方式
「アニーリング」とは金属の「焼きなまし」を意味する言葉です。材料をゆっくり冷却する過程で、内部の状態が落ち着いていく過程を量子で行うことで、エネルギー最小の状態を探索する計算を高速で行えるようにするものです。組み合わせ最適化問題を解くのが得意とされています。
カナダのD-Wave Systemsが2011年に「世界初の商用量子コンピュータ」として「D-Wave One」を発表して一気に表舞台に出てきた印象です。日本ではNECが開発しています。
3.どのような問題を解くのが得意なのか?
3-1 量子コンピュータの得意ジャンル
量子コンピュータが古典コンピュータよりも高速に演算できると保証されている数学的課題は、100前後とされています。なかでも量子コンピュータは、量子化学計算、機械学習、量子シミュレーションといった分野が得意です。
具体的には、新薬開発や新素材(材料)の開発、人工知能(機械学習)の深化、金融や災害対策シミュレーションといった分野では爆発的な効果が得られるとされています。
他に、セキュリティ・暗号分野、交通ルートの最適化や製造プロセスの最適化といった複雑な最適化問題を解くことにおいても、量子コンピュータは期待されています。
3-2 量子コンピュータが「次」の扉を開く理由
上で述べたように、量子コンピュータが古典コンピュータにある意味「勝る」ジャンルは数が少ないですが、どの分野でも、今後の「産業革命」につながるボトルネックとなっている課題を解くのが得意であることから、大きな期待を寄せられています。人類を「次」のステップへと導くのが量子コンピュータだと表現する人もいます。
4. 量子コンピュータ開発の課題は?
ここではよく報じられている量子コンピュータの課題の一例を紹介します。
例1:今のところ、ノイズとエラーの管理が難しい
量子コンピュータはノイズやエラーに敏感で、自然界の物理法則を利用する計算機のため量子ビットが壊れやすいのが難点とされています。これは「デコヒーレンス」という状態で、重ね合わせ状態が維持できなくなることです。
古典コンピュータでは計算の途中で「エラー訂正」が行えますが、量子コンピュータは、重ね合わせのまま計算を続ける必要があり、途中でエラー訂正がしにくい問題があります。ノイズやエラーの管理が不十分だと、計算結果の信頼性や精度が低下してしまいます。
例2:現時点では、スケーラビリティと信頼性に不安がある
現在、量子コンピュータは、比較的小規模なシステムといえます。いずれ大規模で複雑な量子コンピュータの構築をすることになるでしょう。しかし、量子ビットの数が増えるにつれてシステムが複雑になり、エラーが増加すると予測されていることもあり、スケーラビリティと信頼性の不安が残っています。
また、超電導方式の場合、超低温をどう維持するかということも問題になります。なぜかというと、大型化した場合、広い場所で超低温を維持するのが技術的に難しいからです。このように大規模な量子コンピュータを実現するためには、まだ、いくつか技術的な課題が残されているとされています。
まとめ
ここまで見てきたように、量子コンピュータは古典コンピュータとは異なる原理を使う技術です。
量子ビットの性質を活用して、新薬や新素材を開発したり、最適化問題を解決したりすることができますが、デリケートで管理が難しい一面もあります。今後の研究開発と進化によって、量子コンピュータの能力向上と応用範囲の拡大が期待されています。
特性を考えると、おそらく、将来は量子コンピュータと古典コンピュータがそれぞれ得意分野を担い、共存共栄するようになっていくでしょう。