ソフトウェアが社会のあらゆる場面で必要不可欠な存在となった今、その品質をいかに保証するかが大きな課題となっています。バグを防ぐだけでなく、より安全で信頼性の高いシステムを構築するためには、適切なテスト設計や評価が欠かせません。
こうした課題に取り組む組織の一つが、ソフトウェアテスト技術者の支援と育成を目的とする ASTER(NPO法人ソフトウェアテスト技術振興協会) です。ASTERは、JaSST(ソフトウェアテストシンポジウム)の開催やJSTQB認定試験の運営、さらにはテスト設計コンテストの運営など、多岐にわたる活動を通じて、ソフトウェア品質の向上に貢献してきました。
本記事では、ASTERの理事長である片山 徹郎 氏と副理事長である吉澤 智美 氏に、ASTERの設立のきっかけから、力を入れている取り組みとその意義、そして今後の展望についてお話を伺いました。
今回インタビューを受けてくださった方

- 片山 徹郎 氏
宮崎大学 工学教育研究部 教授
NPO法人ソフトウェアテスト技術振興協会(ASTER)理事長
ソフトウェアテストシンポジウム(JaSST)担当理事
宮崎大学の工学部で情報通信プログラムを担当。また、2024年10月から工学部の副学部長(評価担当)も務める。NPO法人ソフトウェアテスト技術振興協会(ASTER)の理事長であり、ソフトウェアテストシンポジウム(JaSST)の担当理事として活動している。

- 吉澤 智美 氏
日本電気株式会社 品質統括部
NPO法人ソフトウェアテスト技術振興協会(ASTER)副理事長
テスト設計コンテスト担当理事
日本電気株式会社(NEC)の品質統括部に所属し、ソフトウェアの品質保証業務を担当。NPO法人ソフトウェアテスト技術振興協会(ASTER)では副理事長であり、テスト設計コンテストの担当理事としても活動している。
- もくじ
1.ソフトウェアテストの普及や教育に必要性を感じ、NPO法人を立ち上げる
―――まず、ASTERが設立された背景と、その目的について教えてください。
片山氏:ASTERは現在いくつかの事業を持っているのですが、その中にJaSST(ソフトウェアテストシンポジウム)があります。実はASTERの設立よりもこのJaSSTの開催が先行していて、JaSSTは2003年に東京で初めて開催しました。
当時、「日本にはソフトウェアテストに関する会議やシンポジウムが無いよね。だったら自分たちで作るか」といって有志で立ち上げたのがきっかけで、当時の参加者は200人ほどでした。その後、2004年、2005年と規模を拡大していく中で、社会的には「テスト不足」がますます問題視されるようになりました。
JaSSTは主に研究や技術的な議論の場でしたが、それだけではなく、普及活動や教育活動の必要性を感じ、NPO法人として組織を立ち上げ、2006年にASTERを設立しました。
私たちはソフトウェアの品質向上を目的に、テスト技術の普及と教育活動を支援しながら、技術者の育成にも力を入れています。
―――ASTERの活動を通じて、どのような社会課題の解決を目指しているのでしょうか。
片山氏:現在、ソフトウェアは社会のあらゆる場面で必要不可欠なものとなっています。しかしながら、ソフトウェアの品質が十分に確保されていないことで問題が発生するケースも少なくありません。
例えば、ダウンロードしたアプリが起動直後にクラッシュするような事象は、多くの人が経験したことがあるでしょう。これらの問題が発生しないようにするためには、ソフトウェアの品質保証が不可欠です。特に、金融、鉄道、宇宙開発、医療機器などの分野では、ソフトウェアの不具合が社会に重大な影響を及ぼす可能性があります。
ASTERでは、こうした社会的なニーズに応えるため、ソフトウェア品質保証の研究や普及活動を進めています。安心・安全なソフトウェアを提供することは、私たちの重要な使命の一つです。
―――ちなみにASTERという名称にはどのような由来があるのでしょうか。
片山氏:覚えやすい名前にした、というのが正直なところです。いくつか候補があったと思いますが、「わかりやすいし、いいんじゃないか」という感じで決まった記憶があります。
アスターのロゴには花のデザインが使われていますが、これは「ピクトヒナギク」という花から取っています。ラテン語の「星(Aster)」という意味もあり、それも含めて決めたのかもしれませんね。
2.シンポジウムや資格制度、コンテスト開催など様々な活動を実施
―――現在、特に力を入れている活動について教えてください。
片山氏:ASTERでは、さまざまな活動を展開していますが、特に力を入れているのは、JaSST、JSTQB、テスト設計コンテスト(テスコン)などの事業です。
JaSSTは、ソフトウェア業界全体のテスト技術力の向上と普及を目指すソフトウェアテストシンポジウムで、2003年に東京で初めて開催し、その後全国に広がりました。
現在では、全国8か所での地域JaSSTを開催し、Online, Review, nanoと合わせて11種類のJaSSTを開催しています。特に、JaSST東京は、2024年3月の開催では、2日間でのべ2,300名の方々にご参加いただいており、ソフトウェア品質の分野では日本で最も参加者数が多いシンポジウムだと自負しています。
JaSSTの各実行委員は、ボランティアベースで活動しており、「参加していただいた方々には、楽しんで帰っていただきたい。そのためには、自分たちがまず楽しまないと。」というちょっとしたお祭り感覚で企画・運営を続けています。
コロナ禍ではオンライン開催も増えましたが、やはりリアル開催の価値も再認識され、再び対面での開催が増えています。
JSTQBは、ソフトウェアテスト技術者の資格認定を行うプログラムで、国際組織であるISTQBと連携しながら運営しています。以前は年に2回の試験のみでしたが、現在は随時受験が可能となり、より多くの人が資格取得を目指しやすい環境が整いました。
また、テスト設計コンテストは2011年から開催しています。バグを見つけることを目的とするのではなく、「どのようにテストを設計するか」を競うコンテストです。企業の新人研修や、中堅エンジニアのスキル向上のためにも活用されています。
そのほか、AIプロダクト品質保証コンソーシアムを通じて、AI関連の品質保証に関する研究も進めています。また、北海道・東北を中心に地方セミナーを開催し、地方のエンジニア向けに教育機会を提供する活動も続けています。
3.日本だけではなく国際的に通用するJSTQB認定テスト技術者資格
―――ASTERではJSTQBの運営もされているとのことですが、JSTQBとASTERの関係について教えてください。
吉澤氏:JSTQBテスト技術者資格認定の運営は、ASTERが持つ事業の一つです。もともとは別の組織として動いていましたが、運営に関わるメンバーが重なっていたこともあり、ASTERの事業の一環として統合しました。これにより、運営がスムーズになったという側面もありますね。
片山氏:JSTQBは、国際的なISTQB(International Software Testing Qualifications Board)と連携しており、試験に合格すると日本国内だけでなく、国際的にも通用する資格になります。
ISTQBのボードミーティングにも定期的に代表が出席し、国際的な動向と足並みを揃えるようにしています。
―――なるほど、日本国内だけでなく、国際基準とも連携しているんですね。JSTQBの資格試験はどのような位置づけで運営されているのでしょうか?
片山氏:JSTQBの資格は、あくまで「勉強の成果を証明するもの」という位置づけです。つまり、資格はおまけで、資格取得自体が目的ではなく、試験を通して学んだことが重要だと考えています。例えば、JSTQBのシラバスは無料で公開していて、試験を受けなくても学習できます。
なので、「勉強してみたい」という人にとっては、それを活用するだけでも十分価値があるんです。そして、「勉強した証として資格が欲しい」という人は試験を受けて合格してもらう。そういう形で考えていただくといいですね。
吉澤氏:知識のアップデートを目的に何度も受験する人もいて、実際にアップデートのたびに受けるという方もいます。TOEICのように有効期限があるわけではないのですが、試験範囲が変わることもあるので、「新しいシラバスを学んだ記念にもう一度受験しよう」という方もいらっしゃいますね。
―――面白いですね。では、JSTQBの今後の展望について教えてください。試験内容の追加や変更の予定などはありますか?
吉澤氏:ISTQBの方では、新しいカテゴリーの試験を作ろうという動きがあります。
例えば、AIテスティングや自動車ソフトウェア担当者が追加されたように、これからも新しい領域が追加されていく可能性があります。それに伴い、JSTQBとしても新しいシラバスの翻訳や試験の実施を進めていく予定です。ただ、すべてボランティアベースで運営しているため、リソースの問題もあり、対応には少し時間がかかることもあります。興味を持っている方には、ぜひ運営側にも関わっていただけたら嬉しいですね。
4.「バグを見つける」ではく、「バグを見つけるためにどう設計するか」を評価するコンテスト
―――吉澤様はテスト設計コンテストの担当をされているということですが、どういったコンテストなのでしょうか?
吉澤氏:テスト設計コンテストは、「バグを見つける」ことを競うのではなく、「バグを見つけるために、どのように設計するか」を競うコンテストです。つまり、テスト設計書、仕様書、テストデータといった成果物の「でき」を審査し、評価します。
ソフトウェア開発では、設計をしてからコードを書きますよね。でもテストの場合、何も考えずにとりあえず動かしてみることもできてしまう。しかしそれだと「あ、ここテストしてなかった!」ということが起きてしまうんですよね。
例えば、性能テストを忘れていたり、一部分だけを徹底的にテストして他は放置していたりすると、本当に品質の高いテストとは言えません。
だからこそ、事前に「どういう観点で、どのようにテストをするのか」をしっかり設計しておくことが重要です。これを「テスト設計」と呼び、このコンテストではその良さを競い合います。
本コンテストを通して、「テスト設計とはこういうものなのか」と実感できたり、経験を積んだり、技術を磨いたり、新しい技術を開発したりといったことを目指しています。また、JaSSTが「楽しい」という話がありましたが、テスト設計も楽しいということを多くの人に知ってもらいたいという思いで始めました。
コンテスト形式にしたのは、競い合うことでモチベーションが上がるのではと考えたためです。
JSTQBの話で「資格はおまけ」だという話がありましたが、テスト設計コンテストも同じような考え方です。コンテスト自体に出ることが目的というよりも、参加を通じてスキルを向上させたり、楽しさを感じたり、実務に役立ててもらうことが重要だと考えています。
参加者のアンケートでも、「この経験を仕事に活かせた」「テスト設計の面白さを知った」といったポジティブな意見が多く寄せられています。
―――なるほど、単なる競技ではなく、教育的な要素も強いコンテストなのですね。
吉澤氏:はい。企業の新人教育や中堅社員のスキルアップに活用されることも狙っています。というのも、このコンテストで成果物を提出していただくと、審査員から講評コメントをお返しするんですね。論文の審査の結果を返すのと同じように。なので、それが非常に役に立つ、と言っていただけたりしているので、まずは教育の機会として使っていただければと思っています。
また、チームで参加するため、リーダーシップやコミュニケーション力の向上にもつながります。テストを越えて、ドキュメントをどのように作るかとか、チームをどうまとめていくかとか、ソフトウェア開発全般に関わるいろんな体験をしていただければと思います。
―――初めて参加される方や、今後参加を考えている方にアドバイスをいただけますか?
吉澤氏:チュートリアルがあり、YouTubeも公開しています。まずはこれ見て「テスト設計ってこういうものだ」というのを分かってもらえればなと思います。そして、やってみたいと思ったら、聴講してもいいですし、参加登録すると前年のテスト設計成果物全部もらえるので、それを見て勉強していただくのも良いかと思います。
片山氏:テスト設計コンテストはICST(IEEE International Conference on Software Testing, Verification and Validation )でも紹介したこともあり、マレーシアと韓国でもテスト設計コンテストを実施していましたね。テストベースや観点も日本のものを訳して使ってくれたりしました。
5.今後もソフトウェア品質の知識を深める場を提供していきたい
―――今後のASTERの展望について教えてください。
片山氏:ASTERは設立以来、ソフトウェア品質向上を目的に活動してきました。今後も安心・安全な社会の実現に貢献できるような取り組みを続けていきたいと考えています。
エンジニアの方々には、JaSSTやJSTQBといった活動を通じて、ソフトウェア品質に関する知識を深め、スキルを磨く機会を提供できればと考えています。
ただ、これらの活動はすべてボランティアベースで運営されており、最初は「学ぶ側」として関わってもらう形で全く問題ありません。しかし、学びを深めた後は、ぜひ「提供する側」として参加していただけると嬉しいですね。
JaSST、JSTQB、テスト設計コンテストなど、どこからでも構いません。ASTERの活動を応援し、支えてくださる方が増えるととても助かります。設立からすでに19年が経ち、正直言うと、みんな年を取りました(笑)。だからこそ、新しい世代の参加が必要です。
また、「こんなことで困っている」「こういう研究をしたい」といった相談にも応じることができる人材がASTERにはたくさんいます。興味があれば、ぜひ気軽に声をかけてください。
―――最後に、ソフトウェア品質に関わる方々へメッセージをお願いします。
吉澤氏:技術の進化がどんどん進んでいる中で、学び続けることはとても大切です。みんなで協力しながら、より良いものを作っていけるよう、これからも頑張っていきましょう!
片山氏:冒頭でも話しましたが、今でも「アプリをダウンロードしてすぐ落ちる」といったことが普通に起こっています。これを考えると、ソフトウェア品質の世界にはまだまだ成長の余地があります。
例えば、建築業界では「家を建てた翌日に崩れる」なんてことはほぼありません。でもソフトウェアの世界では、そういった品質の課題が未だに存在しています。つまり、ソフトウェア品質には伸びしろがあるということです。
これまで多くの人が品質向上に取り組んできましたが、それでも課題は山積みです。だからこそ、これからのエンジニアの力を合わせて、より安全で安心できる社会を実現していきましょう!
―――本日はありがとうございました。