「AIが人間の仕事を奪うのではないか」。そんな漠然とした不安を耳にすることがあります。とくに、プログラミングやシステム開発を担うエンジニアの中には「自分の役割がなくなるのでは......」と心配する人もいるようです。しかし、本当に、AIは人間から仕事を奪ってしまうのでしょうか。それとも、新しい働き方や役割を生み出すきっかけになるのでしょうか。そこで今回は、さまざまな資料を参考に、AIによってなくなる仕事と変化する仕事、誕生する仕事を考えてみたいと思います。
- もくじ
1. AIの進化で「技術的失業」が発生する?
1-1. 「技術的失業」とは?
「技術的失業(Technical Unemployment)」は、1930年代に経済学者ジョン・メイナード・ケインズ氏が使い始めた言葉とされています。技術的失業とは、技術革新によって労働が機械(自動化された道具)に置き換えられ、多くの人々が職を失う現象のことです。太古から産業革命の時代、現代に至るまで、新しい技術が生まれるたびに議論されてきたテーマといえるでしょう。
現在、生成AIやロボティクスの進歩によって、再び技術的失業への懸念が強まっているといわれています。AIは、データの分析、文章の作成、画像の生成、そしてプログラムのコーディングまで、これまで人間が得意としてきた領域の業務の多くをこなせるようになりつつあります。
ただし、歴史を振り返ると、技術革新は単純に「仕事が消える」だけではなく、新しい職種や産業を生み出してきたことも事実です。例えば、インターネットの普及により「WEBデザイナー」や「クラウドエンジニア」といった新たな職種が誕生しました。つまり、AI時代の技術的失業も新たな変化や職種の創造と表裏一体で語られるべきテーマといってよいと思います。
1-2. 注目を集める「リスキリング」
AIによる雇用不安に対し、打開策として注目されているのが「リスキリング(学び直し)」です。リスキリングとは、技術革新やビジネスモデルの変化に対応するために、新しい知識やスキルを学び直し、これまでとは異なる新しい職務に就けるようにすることを指します。
日本政府も、この変化を乗り越えるための積極的な支援を推進しています。2022年に政府が掲げた「人への投資強化」では、5年間で1兆円をリスキリング支援に投じる方針が発表され、さまざまな動きがありました。
この背景にはコロナ禍の後の「新しい社会」への動きがあげられます。AIに関していえば、AIに仕事が「取られる」リスクを恐れるのではなく、「AIを活用できる人材」へとシフトしていく必要性があるという認識が広がっています。官民問わず、今後はAIやデータサイエンス以外にも、創造的・対人スキルやマネジメント力といった「AIに代替されにくいスキル」の習得に重点を置いているようです。
1-3. 政府の見解は?
総務省は平成28年版の『情報通信白書』で「人工知能(AI)の進化が雇用等に与える影響」という項目を立てて、AIの導入が雇用を完全に奪うのではなく、仕事の中身を変えていくと指摘し、人間はより高度で創造的な分野にシフトしていく必要があるとまとめています。
ちなみに、IPAが2023年に公表した「DX白書2023」によると、日本企業が全社または一部でAIを導入している割合の合計が22.2%とされています。米国(53.6%)に比べるとかなり低いため、今後はさらに利用が広まると推測できます。
1-4. 世界経済フォーラム(WEF)の予測
国際的な視点から見ると、AIによる雇用への影響はさらに具体的に数値化されています。世界経済フォーラム(WEF)が2023年に発表した「The Future of Jobs Report」によれば、2027年までにAIによって約6,900万人分の新たな仕事が創出される一方で、約8,300万人分の職が失われる可能性があると予測されています。
なんと! 世界で1400万人が仕事を失う可能性があるというのですから、この数字は驚異的です。AI・機械学習スペシャリスト、データアナリスト、情報セキュリティ専門家といったデジタル関連の職種は、今後急速に需要が伸びると予測されています。一方で、データ入力作業員や事務・秘書といった定型的な業務は、自動化の影響を大きく受けると考えられています。
したがって、エンジニアを含む多くの職業人に求められるのは「どんなスキルが次の時代に必要とされるのか」を見極め、積極的にシフトし、「生き延びていく」ことだといえます。
2. AIに奪われる仕事、新たに生まれる仕事
2-1. 単純作業の自動化は進行中
すでに私たちの身近なところで、AIによる自動化は進んでいます。例えばコールセンターの自動音声応答、経理業務での請求書処理、文章生成AIによる定型メールの作成、会議の議事録を自動で文字起こしして要約するツールなどです。これまで人間が繰り返し行ってきた単純な作業は、AIに置き換わりつつあるといってよいでしょう。
しかし、日本のAI導入上でも述べたようには世界レベルで見るとまだ発展途上にあります。それでも、大手企業を中心にAI活用は確実に広がっており、これは裏を返せば、日本にはこれからAI活用がさらに広がる大きなポテンシャルがあるということを意味しています。
エンジニアにとっても、テストコードの自動生成やログ解析、運用監視の一部がAIに任されるケースが増えています。つまり「手を動かす単純作業」は確実に減少傾向にあるようです。
2-2. 「定型業務」と「非定型業務」
一言でいってしまえば、AIに置き換えられやすいのは「定型業務」「単純作業」です。例えば、与えられたルールにしたがって処理する作業や、大量のデータを機械的に分析する仕事は、AIが圧倒的なスピードでこなせます。経理や人事の一部業務、製造現場の検査工程、伝票のデータをシステムに入力する作業、毎月の売り上げデータを集計してレポートを作成する業務などがその典型です。
これらは、すでにIT技術でかなり省力化が進んでいましたが、それが徹底される形になっていくでしょう。手順が明確で正解が一つに決まっているため、AIによる自動化がしやすい領域です。
一方で「非定型業務」、つまり、判断や創造性が求められる業務領域は、まだまだ人間が優位に立っているようです。顧客との交渉や戦略立案、新規サービスのアイデア発想、新しい企画をゼロから考える、複雑な問題について顧客と交渉する、チームメンバーの悩みを聞いてモチベーションを高めるといった業務は、AIが完全に代替するにはまだまだ時間がかかるはずです。
エンジニアの仕事は定型業務と創造性が求められる業務の両面があります。コード生成の一部を生成AIに任せられる一方、それが正しいかを検証したり、要件定義や設計、品質管理をしたりといった非定型要素は人間の強みとして残っていると行ってよいでしょう。
2-3. AIの進化で「創造」される仕事・業務
AIは単に仕事を奪うだけでなく、新しい職業を生み出す存在でもあります。少し前には、プロンプトエンジニアという職種が注目を集めました。これは生成AIから質の高いアウトプットを引き出すために、命令文(プロンプト)を設計・最適化する専門家のことです。また、AIが生成した結果を評価・監査するといった業務領域も登場しています。
データを扱う領域では「データサイエンティスト」や「MLOpsエンジニア」といった職種が台頭しています。これらはAIの精度向上や活用範囲の拡大に直結する重要な役割です。今後、大幅に増える可能性があります。
「AIプロダクトマネージャー」という職種も生まれており、これはAI技術を活用して新しい製品やサービスを生み出し、プロジェクト全体を率いるリーダーです。技術的な知識はもちろん、市場のニーズを理解し、ビジネスとして成功させるための戦略を立てる能力が求められます。
AIが進化すればするほど、それを設計・管理・改善する人間の仕事は広がっていきます。
3. 「エンジニア」の仕事はホントにAIに奪われるか?
3-1. エンジニアの役割はどう変わるのか?
「エンジニアの仕事はAIに奪われるのでは?」という問いに対して、答えは単純ではありません。実際にはここまで見てきたように「奪われる仕事」と「強化される仕事」が混在しているからです。
生成AIと自動化によりコーディングスキルは大きく変容したといわれています。例えば「GitHub Copilot」や「Amazon CodeWhisperer」といったAIツールは、自然言語で記述された命令からコードを生成し、エンジニアの作業を補助してくれます。この流れにより、エンジニアの仕事の中心は「ゼロからコードを書く」ことから、「AIと協働してシステムを作り上げる」ことへとシフトしつつあります。
しかし、こうしたコードをそのまま使えるわけではありません。品質やセキュリティの担保、システム全体に組み込む設計力は依然として人間の責任ですし、場合によっては、著作権等の管理も必要になってきます。従来の「手を動かして書くスキル」だけでなく、「何を実現したいのかを明確に構造化する力」や「生成AIが書いたコードを読み解き、修正するスキル」「権利などを管理する能力」が重要視されるようになってきているようです。
なによりも、「何を実現したいのかを明確に構造化する力」がより重要になります。AIは具体的な指示がなければ動けないからです。ビジネス上の課題を技術的な要件に落とし込み、「AIに何を作らせるべきか」を正確に設計する能力が、エンジニアの核となるスキルになるでしょう。
次に、「AIが生成したコードを評価し、管理・監督するスキル」です。AIが書いたコードが、本当に要件を満たしているか、セキュリティ上の欠陥はないか、全体の設計思想に合っているかを見極め、品質を担保するのは人間のエンジニアの役割です。AIを便利な部下として使いこなし、最終的な責任を負う「監督者」としての立場が求められるようになります。
これまで以上に、ビジョンや設計力やリテラシーのスキルが求められるようになったといえるでしょう。20年前のように「コードをゼロからすべて自分で書ける自走力」よりも「チームで価値を最短距離で届けるスキル」が重視される時代になっていると言い換えてもよいかもしれません。
また、管理・監督・倫理の視点からAIを制御するスキルが求められるようになっています。例えば、AIのアウトプットが差別的にならないよう監視する、企業倫理に反しないようガイドラインを設計する、といった役割です。
プロジェクトマネジメントやステークホルダーとの調整、非技術部門との橋渡しも重要性を増しています。つまり、エンジニアは「コードを書く人」から「AIを活かしてビジネスを進化させる人」へと役割がシフトしている可能性があります。
3-2. 生産性を高めるアクセラレータに
一方で「AIが普及すればエンジニアが不要になる」という見方は、現実には当てはまらないようです。欧米ではエンジニアの解雇が伝えられる一方で、AIを活用できる人材は求められているようです。一部の職種で人員削減を進める「リストラクチャリング」が進む一方、AI関連の専門職を積極的に採用する「リホーミング(再編成)」が進んでおり、スキルの大転換期の兆候が見えています。
AIの普及によって、開発スピードは格段に上がっています。これにより、企業はより多くの新しいサービスやプロダクトを市場に投入できるようになり、結果として、それを支えるエンジニアの需要は、むしろ増えていく可能性もあります。「非技術スキルの重要性の高まり」も無視できません。重要になってくるのは、「自分の考えをわかりやすく伝える力」と「相手の意図を正しく汲み取る力」です。
近年では「BizDevOps(ビズ・デブ・オプス)」という言葉も登場しています。これは、ビジネス(Biz)、開発(Dev)、運用(Ops)が一体となって価値提供のスピードと質を高めていくという概念です。従来の「DevOps」にビジネス部門が加わることで、ビジネスニーズの変化に柔軟に対応し、市場競争力を高め、スピードを向上させることを目的としています。エンジニアが経営の一翼を担い、アクセラレータとなる時代を象徴しているのかもしれません。
コミュニケーションやマネジメント、経営視点といった非技術スキルは、AIが代替することが難しい領域のため、今後のキャリア形成においては差別化要素になると予測できます。
4. まとめ
AIの進化によって、エンジニアを含む多くの仕事が変化の波にさらされています。単純作業や定型業務は確かにAIに代替されつつありますが、その一方で新しい職種や役割が次々と生まれています。エンジニアの仕事も「奪われる」のではなく、「AIを活かして進化する」方向にシフトしています。今後求められるのは、AIを管理・監督し、コミュニケーションやマネジメント、経営視点といった非技術スキルを駆使しながら、ビジネスと結びつけて成果を出す力です。リスキリングや学び続ける姿勢を持ち続けることで、エンジニアはAI時代においても不可欠な存在であり続けるでしょう。

