2021年10月、米フェイスブック社が社名を「メタ・プラットフォームズ」に変更したことが世界中で話題となりました。商号を「Meta(メタ)」に変えたのは、同社が「Facebook」を核とするSNS事業から「メタバース」関連事業に本腰を入れるためと報じられていましたが、そもそも「メタバースって何?」という方も多いのではないでしょうか? そこで今回は、メタバース時代を予言していたといわれる小説「スノウ・クラッシュ」や他のエンターテインメント作品や現在、話題となっているメタバース関連サービスを概観し、「仮想世界」がこれからどうなっていくか概観してみたいと思います。
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- 30年前に「メタバース」時代の到来を予測していた?
- 「メタ」に社名変更
- そもそも「メタバース」って何?
- 話題の小説『スノウ・クラッシュ』の概要(ネタバレなし)
- 他にも「メタバース」を予見していた作品があった?
- 「サイバーパンク」と「ポスト・サイバーパンク」
- 映画「レディ・プレイヤー1」の影響は大きい
- 日本での仮想現実(メタバース)
- 単なる仮想空間とメタバースを分けるのは「共有」と「保証」
- 「バーチャルボーイ」に学ぶ意味
- あらためて、メタバースとは?
- 「共有」と「保証」がカギ
- メタバースを活用している事例と今後
- 2022年現在の状況
- アップルの"静観"
- グラフィックスが気になる人も多い
- その他
- まとめ
30年前に「メタバース」時代の到来を予測していた?
「フェイスブック」が「メタ」に社名変更し、「メタバース」が一気に広まる
2021年10月28日、フェイスブック社(Facebook, Inc.)は社名を「メタ・プラットフォームズ(Meta Platforms, Inc.)」に変更しました。ついで、CEOのマーク・ザッカーバーグ氏が、10月29日に催された開発者向けイベント「Connect 2021」の基調講演でその大半を「メタバース」構想の説明に費やしたことがきっかけとなり、一気に「メタバース」が知られるようになり、世界中で話題となりました。
この講演では、メタバースはVR、ARなど様々な方法でアクセスできるものとなり、ビジネスやエンターテインメントなど多種多様なコミュニケーションが行われるようになると語られました。
フェイスブック社が商号「Meta(メタ)」にしたのは、同社が「Facebook」などのSNS事業から「メタバース(Metaverse)」関連事業に本腰を入れるためでした。さらにMeta社はメタバース関連事業に約100億ドル(約1兆4000万円)を投資したと報じられました。続いてマイクロソフトが「Microsoft Teams」のメタバース対応を発表し、Googleがスマートグラス企業を買収するといった動きもあって、一気に「次はメタバース来るぞ!」という風潮ができあがったのは記憶に新しいところです。
「メタバース」とは「Meta(超)」と「Universe(宇宙)」を合わせた造語です。1992年にアメリカで刊行されたSF小説『スノウ・クラッシュ』(ニール・スティーヴンスン)に登場する仮想空間サービスの名前として初めて登場しました。これが転じて仮想空間全般を指す用語として使われるようになりました。
この背景としては、現在、IT業界をリードする人々がちょうどティーンエイジャーだったころに刊行された小説だったこと(刊行当時15才なら、2022年には45才ということになります)、アメリカではニール・スティーヴンスンは未来予測をする思想家的な存在としても知られている面もあり、SF好きのITクリエイターに影響力が大きかったことがあるようです。
そもそも「メタバース」って何?
そもそも「メタバース」とは何なのかについて解説していきます。
メタバースとは、「メタ」と「ユニバース」を組み合わせた造語です。しかし、小説発祥ということや、現時点で様々なアイデア、技術、サービスが提供されていることもあり、現時点での定義は明確ではありません。今のところ、基本的に「ネットの中のもう一つの世界」のことを意味しているのだと考えて良いと思います。
そもそも、「ネットの中のもう一つの世界」という概念自体は新しいものではありません。具体的なものでは、古くは「パソコン通信」からSNSに続く「もう一つの世界」がありますし、ゲームではオンラインでもう一つの世界を体験するMMORPG『ウルティマオンライン』(1997年~)や『ラグナロクオンライン』(2002年~)、さらにビジネスでも利用可能だと当時話題となった『セカンドライフ』(2003年~)がありました。
セカンドライフは、インターネット上の3Dで表現された仮想世界として、2000年代後半に世界中で大ブームを引き起こしました。仮想世界の概念を世界に広げることに貢献したメタバースの"老舗"ともいえる存在です。
こうした、以前からあった「もう一つの世界」とメタバースの違いは、「VR」「AR」「MR」「XR」にあります。これらの技術は仮想空間を3次元化するものです。つまり、メタバースとは「3次元化された、ネットの中のもう一つの世界」の意味合いで使われていることが多いのではないでしょうか。
VRとは
VR(Virtual Reality)とは「仮想現実」のことで、現実とは別の空間を体験する技術全般のことです。
ARとは
AR(Augmented Reality)とは「拡張現実」のことで、スマートグラスやスマートフォンなどのデバイスを使用して、現実の空間に3D映像を重ねて現実を拡張する技術を指します。ゲーム『ポケモンGO』などで注目されました。
MRとは
MR(Mixed Reality)とは「複合現実」のことで、VRとARを合わせた仮想と現実を融合させた技術です。『Microsoft HoloLens』で一気に表舞台に出てきました。
XRとは
XR(Cross Reality)とは「クロスリアイリティ」のことです。VR(仮想現実)、AR(拡張現実)、MR(複合現実)の総称的に使われており、「xR」と「x」が小文字で表記されることもあります。
このように見てくると、古くからあった「ネットの中のもう一つの世界」がxR技術で拡張されたものが、"現時点"での「メタバース」といえるのではないかと思われます。
話題の小説『スノウ・クラッシュ』の概要(ネタバレなし)
「メタバース」のいわば元ネタとして紹介されたのが、ニール・スティーヴンスンの著したSF小説『スノウ・クラッシュ』でした。現在は早川書房より刊行されています。「ハヤカワ・オンライン」では次のように紹介されています。
「メタヴァース」の語はここから生まれた。 人類の未来を書き換えた傑作、ついに復刊
仮想空間〈メタヴァース〉と現実世界の両方にばらまかれたウイルス「スノウ・クラッシュ」をめぐる巨大な陰謀。世界を変えたSF
(「スノウ・クラッシュ〔新版〕上」ページより引用)
『スノウ・クラッシュ』は、ポスト・サイバーパンク(Post-Cyberpunk)のSF小説だとされています。政府が無力化して資本家に統治される未来。オンライン上の仮想世界「メタヴァース」を中心舞台として描かれたスピード感溢れるアクションストーリーです(表記上の問題かもしれませんが、小説内では「ヴァ」です)。ここでは次のように記述されています。
彼がいるのはコンピュータの作り出した宇宙であり、ゴーグルに描かれた画像とイヤフォンに送りこまれた音声によって出現する世界。専門用語では"メタヴァース"と呼ばれる想像上の場所だ。
(早くも重版決定! 「メタバース」の語を生んだ伝説的SF小説『スノウ・クラッシュ』がいま大流行のワケ|Hayakawa Books & Magazines(β)より引用)
「メタヴァース」が現時点の「メタバース」の定義に非常に近いものであることがお分かりいただけるかと思います。他にもアバターといった概念などが登場してきます。最近、地球上で見られるようなテクノロジーや社会情勢がいくつも予見されています。
日本では1998年10月にアスキーから出版され、2001年4月には早川書房から文庫本が出されました。実はつい最近まで、古本でしか入手できない状態が続いていました。人気が加熱気味だったこともあって、もともと高値傾向でしたが、フェイスブックのメタへの社名変更があったころには一気に爆発。なんと1冊5万円ほどの売値にまで高騰していたのです。それが2022年1月に早川書房で復刊されて、やっと市場も落ち着きを見せはじめています。
他にも「メタバース」を予見していた作品があった?
「サイバーパンク」と「ポスト・サイバーパンク」
30年後の社会を予見していた『スノウ・クラッシュ』ですが、当時としても、3次元化されたネットの中のもう一つの世界、といった概念は独自性の高い新しいものではなかったように思われます。とくに1980年代に一大旋風を引き起こしたジャンル「サイバーパンク」の影響は見逃せません。
サイバーパンクはSFのジャンルまたは運動で、代表的な作家はウィリアム・ギブスンとブルース・スターリングです。現代に至るまで広範囲に多大な影響を及ぼしていて、その意味するところも広範囲で複雑なので割愛しますが、メタバースとの関連でいうと「コンピュータと人間の接続」を描いていることが注目すべき点です。つまり、サイバーパンクでは、コンピュータに人間を接続する描写が数多く登場します。仮想空間に接続された人間は、ゴーグルではなく脳で直接、仮想空間を体験するのです。
サイバーパンクではある意味、特定のテクノロジーが過激に発達した未来、しかもディストピアを描くことが多くなっていますが、それを継ぐポスト・サイバーパンクの『スノウ・クラッシュ』はそれよりちょっと手前の、もしかしたら実現可能なテクノロジーを活用したポップな未来を見せてくれている点に違いがあります。この違いは、サイバーパンクを代表する小説『ニューロマンサー』(ウィリアム・ギブスン)と『スノウ・クラッシュ』を読み比べていただけるとお分かりいただけると思います。けっして軽くはないけれどポップな未来を提示してくれたことに、人々は熱狂したのかもしれません。
メタバースブームの背景には、映画「レディ・プレイヤー1」がある?
現在のメタバースブームに、スピルバーグ監督作品である映画『レディ・プレイヤー1(Ready Player One)』(2018)は、IT業界に少なからず影響を与えたのではないでしょうか。この映画の中心となる舞台は、「オアシス」という仮想空間(メタバース)です。『機動戦士ガンダム』や『メカゴジラ』といった日本のキャラクターも登場するポップな世界観が話題となり大ヒットしました。
仮想空間という意味では、1999年から2003年に3部作、2021に新作が公開された映画『マトリックス(The Matrix)』シリーズも影響力が大きい作品です。個人的には『マトリックス』と『レディ・プレイヤー1』の関係がサイバーパンクとポスト・サイバーパンクのそれに近いように感じられます。
日本での仮想現実(メタバース)
メタバースといえば1992年の『スノウ・クラッシュ』から、と解説されることが多いようですが、日本では注意が必要かもしれません。アメリカでは1992年ですが、前述したように日本での刊行は1998年で、少しタイムラグがあります。日本において、'80~'90年代は小説マンガ、映画等は、主にサイバーパンク的観点から仮想空間が描かれていることが多かったかもしれません。代表的な作品でいえば、士郎正宗原作の漫画『攻殻機動隊』(1989)には仮想現実と呼べる描写が少なからず登場しています。また、筒井康隆の小説『朝のガスパール』(1991~1992)にはメタバース的なオンラインゲーム「まぼろしの遊撃隊」が登場します。さらに小説がいくつものマルチバースで展開され、パソコン通信と小説が連動して、朝日新聞に連載されるという当時としては画期的な試みがなされました。発表されたタイミングを考えると、もっと評価されていいと個人的に感じています。
細田守監督の映画『サマーウォーズ』(2009)の仮想空間「OZワールド」や映画『竜とそばかすの姫』(2021)の仮想世界〈U〉は世界的にも注目を集めました。予見しているというよりも、ある意味、存在していて当たり前といった感覚で提示されているのかもしれません。
単なる仮想空間とメタバースを分けるのは「共有」と「保証」
「バーチャルボーイ」に見る先見性と市場の土壌
1995年、任天堂は3Dゲーム機「バーチャルボーイ(VIRTUAL BOY)」を発表しました。「赤い眼鏡」と称されたその筐体をご覧いただければ一目瞭然。バーチャルボーイはVRゴーグルそのものの姿をしているのです。バーチャル・リアリティをテーマにしているので当たり前かもしれませんが、今見ても新鮮で美しい筐体だと思います。しかし、バーチャルボーイは技術的な挑戦は最大限に評価できますが、残念ながら商業的に成功とはいい難い結果となってしまいました。
(出典元:Wikipedia - https://ja.wikipedia.org/wiki/バーチャルボーイ )
当時、バーチャルボーイの失敗は赤基調のモノクロ画像が良くなかったなどと分析されましたが、今になって思うと、ネットにつなぐことは、当時の技術、環境を考えると難しいとしても「共有」の要素が少なかったからとも思えます。
そこに仮想"空間"があっても、そこに仮想"世界"がなかったから、というのは言い過ぎまたは妄想かもしれませんが、もし、バーチャルボーイで例え"1対1"であっても対戦ゲームが実現できていたら、それは「たった二人の仮想世界」ですが、歴史が変わっていたのかもしれません。
バーチャルボーイから遡り1989年に発売された任天堂「ゲームボーイ(GAME BOY)」には通信機能が搭載されており、対戦やデータ交換ができました。例えば『テニス(1989)』では通信ケーブル1本とゲームボーイ2台でシングルスの対戦を実現。その後、対戦型『テトリス』や『ポケットモンスター』が大ヒットし、ゲームボーイもロングセラーとなり、その後のゲームの発展に大きな影響を与えています。
あらためて、メタバースとは?
ここまで述べてきた、現時点でのメタバースについて箇条書きでまとめてみたいと思います。
- メタバースは、xR技術で拡張されたネットの中のもう一つの世界のこと
- 仮想世界の中をアバターで行動し、現実世界とほぼ同じことができる
- 現実世界とほぼ同じ時間が流れていることが多い
- 多くの人々が参加して、情報などを共有することができる
「共有」と「保証」がカギ
単なる仮想空間とメタバースを分けるのは「共有」と「保証」と思われます。ネットなどを介して人とつながり、情報の「共有」などコミュニケーションが成立して、はじめて仮想空間が仮想世界に変わります。そして、世界を維持するためには、その人が誰であるかといったことや、情報や物の価値が複製・偽造されないよう「保証」されることが大切になってきます。そうでないと、仮想世界でビジネスをするのは難しくなってしまうでしょう。
その意味で、今後のメタバースのカギとなるのは、「共有」を行うための通信技術と、情報や物の価値を「保証」するNFT技術(Non-Fungible Token;非代替性トークン=偽造ができない所有証明書付データ)なのかもしれません。仮想世界ですが、決済はリアルでしかも信頼性が求められます。バーチャルな部分とバーチャルでない部分をしっかり意識することがカギとなりそうです。
メタバースを活用している事例と今後
これから、メタバースはどうなっていくのでしょうか。2021年4月にはゲームメーカーEpic Gamesがメタバース関連の事業に必要となる資金10億ドルを調達したと報じられました。このように、すでに様々な動きが始まっており、その延長線上に新たなメタバースの未来があるように思います。ここでは、そういった事例をほんの一部ですが紹介したいと思います。
■ビジネス
Horizon Workrooms
メタによる、オンラインコミュニケーション空間です。オフィスワークでの利用例として報道されることが多いようです。
Microsoft Hololens2
マイクロソフトによるMRソリューションです
Microsoft Mesh
マイクロソフトのコミュニケーションプラットフォームです。VR、AR、MRが扱えるためメタバースの基盤として紹介されることが増えています。
XR World
NTT docomoによるオンラインバーチャル空間プラットフォームです。さまざまなジャンルのコンテンツがバーチャル空間上で気軽に体験できます。
■都市連動
バーチャル大阪
都市に連動した仮想世界の試みです。2025年の大阪万博の前に「サイバー万博」が開かれる可能性もあるようです。
■施設連動
cluster
メタバースプラットフォームcluster上に日本大学生物資源科学部、慶応大学といった大学のキャンパスが作られています。
おうちで体験!かはくVR -国立科学博物館
上野にある国立科学博物館の3DVRです。展示室や外観を高画質の画像で撮影し、3Dビュー+VR映像で公開しています。
■ゲーム・エンターテインメント
ロブロックス(Roblox)
オンラインゲームプラットフォームとして有名な仮想世界です。「Robux」と呼ばれる仮想通貨が使われます。基本無料ということもあり、月間アクティブユーザー数は1億6400万人を超えるといわれています。日本の報道では「ゲーム版YouTube」と表されることがあります。
2022年現在の状況
アップルの"静観"
ここまでメタバースの概要を見てきました。ご覧になって「Appleは?」と思われた方も多いかもしれません。報道ベースで見る限り米Appleはメタバースとは一定の距離感を保っているように見受けられます。記事などから推測すると、メタバースにおけるプライバシー保護の面から安全性を重視していること、特定の技術やデバイスに市場が依存する傾向があり、動向を見極めている状況ではないかと考えられます。
グラフィックスが気になる人も多い
メタバースのグラフィックスが気になる人も多いようです。現在のアバターはCGアニメーションのキャラクターのようで、かわいらしく親しみやすいものが多いのですが、ビジネスなどの現場では、細かなニュアンスが通じないのではないか、とか、異文化コミュニケーションがしにくいのではないかといった懸念があります。これは技術等の発達を待つしかない面もあります。
写真的な(フォトリアルな)アバターを使いたいといったニーズに対しては、凸版印刷は1枚の写真から3Dアバターを生成する「メタクローンアバター」技術を開発したと発表しています。
プラットフォームに関する懸念
2022年3月現在では、メタバース関連のプラットフォームは競合状況で、マルチプラットフォームの様相です。利用者からすると、どれを選んだら良いのかわからない面があります。まだまだ、家庭で使用するにはデバイス類が高価なので、ホームユース市場が一気に動く可能性は低いかもしれません。
まとめ
現在の"メタバース"と以前からあった「もう一つの世界」とを分けるポイントはxR技術にあるようです。この目線でメタバースに関する世の中の動きを見ていくと、一過性のブームと言うよりも、インターネットが普及を始めたころのような新しいジャンルの始まりに感じられます。おそらく、Metaの「Horizon Workrooms」に代表されるビジネスでの利用が先行し、次いでホームユースではゲームで使われ、次第に広まっていくのではないでしょうか。
その意味では、メタ、マイクロソフトの動向にくわえ、日本市場ではロブロックスやclusterがどう広がりを見せていくのかといった点や、大阪万博で「バーチャル大阪」が社会的にどんな影響を見せ、認知されていくかに注目していきたいと感じています。