2002年5月6日にベータ版が登場したP2Pファイル共有ソフト『Winny(ウィニー)』。匿名性の高いファイル共有を実現したことで違法利用が急増。その後、不正ユーザーが逮捕され、さらに開発者の金子勇氏も逮捕・起訴されるに至り、社会に衝撃を与えました。『Winny』で使われているPeer to Peer(P2P)技術は、今後の社会を支える基盤技術になっていくといわれています。
そこで、今回はWinny事件の顛末と開発者の金子勇氏についてレポートします。
追記:Winny事件を題材にした映画「Winny」2023年3月10日公開へ
2023年3月現在、金子勇氏の実話をもとにした映画「Winny」が公開中です。
この映画は2018年に起業家の古橋智史氏が企画し、「ホリエモン万博」の「CAMPFIRE映画祭」でグランプリに輝いた同作を、キャストやスタッフ、方向性を一新して再映画化するものです。
監督は「Noise ノイズ」「ぜんぶ、ボクのせい」などで知られる松本優作氏。
ダブル主演として、Winnyを開発したプログラマー・金子勇氏を東出昌大さん、
金子氏の不当逮捕を主張する弁護士・壇俊光氏を三浦貴大さんが演じます。天才と呼ばれた開発者がなぜ逮捕され、その未来を奪われてしまったのか。
開発者の尊厳を守るために、メディアや権力と闘った人々の実話をもとにした作品となっています。
映画が気になる方は、公開後、劇場に足を運んでみてはいかがでしょうか。
1. Winny発表前夜:P2Pファイル共有ソフトの状況
暗号化通信と匿名性を兼ね備えた『Winny』
『Winny(ウィニー)』は、「Peer to Peer(P2P:ピア・ツー・ピア)」技術を活用したファイル共有ソフトです。特徴はサーバーを必要としない、完全なP2Pネットワークを実用レベルで構築し、さらに暗号化通信を用いて非常に匿名性の高いデータのやり取りを可能にしたことにあります。
Winnyは「47氏」こと金子勇氏によって開発されました。2002年5月6日に発表されたベータ版から大人気となり、爆発的に利用者が増えました。
Peer to Peerとは、複数のコンピュータ間で通信を行う技術の一つで「P2P」と記されることもあります。Peerとは「同等」「同格」の意味で、コンピュータ同士が対等の関係で繋がっていくのが特徴です。
Winny発表前夜のP2Pファイル共有ソフト界隈
21世紀となって間もないWinny発表前夜。日本ではブロードバンド化が急速に進み、ファイル共有ソフトがよく利用されていました。なぜなら、当時、電子メールの添付ファイルは容量の制限が厳しいなど制約が多く、Office文書など仕事ファイルをはじめ、写真や音楽、動画ファイルを知人友人とやり取りするためには何らかのファイル送付サービスを利用する必要があったからです。
ソフトウェアをインストールするだけで手軽にファイルが共有できるP2Pファイル共有ソフトは、まさに「ちょうどよい」存在でした。
注目を集めていたのは、1990年代後半から人気だった『Napster』や2001年に登場した『ファイルローグ』(日本MMO)など、サーバーを使ってファイルや所有者を管理する「ハイブリッドP2P」を採用したP2Pファイル共有ソフトです。他にも多くのファイル共有ソフトがリリースされていました。
そのなかで最も人気だったのが、2001年に登場したP2Pファイル共有ソフト「WinMX(ウィン エムエックス)」(Frontcode Technologies)でした。ハイブリッドP2Pとしても、サーバーに頼らないピュアP2Pとしても動作できるなど高機能かつ高性能で、2バイトコード(日本語)が扱えたのがその理由でした。
P2Pファイル共有ソフトの不正使用が社会問題化
しかし、P2Pファイル共有ソフトの広まりと同時に、著作権を侵害して大々的に音楽や映画・ソフトウェアなどのデータの交換や販売を行う「悪用」「不正」事例が目立ちはじめました。
2001年11月には、世界初の事例として日本でWinMXを使用して著作権侵害をしたとして大学生が逮捕されています。
(※ACCS = 一般社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会)
この世界初の逮捕は当時のネット界隈に大きな衝撃を与えました。一つは、気軽に不正なファイルをやり取りしていた利用者たちが「次は自分が逮捕されるかもしれない」と思ったことにあります。
もう一つは、同時期に中央サーバーを利用するP2Pファイル共有ソフトのNapsterやファイルローグなどが相次いで著作権法違反で訴訟されており、ファイル共有ソフトの開発も「まずいのではないか?」という危惧が生じていたとのことでした。Napsterは2001年2月にアメリカで「違法」と判決されています。
このような当時の空気感をWinMXユーザー逮捕に関連して、『IT mediaニュース』の中村琢磨記者が以下のようにまとめ、コメントしています。
「WinMXユーザー逮捕」は始まりにすぎない(IT mediaニュース)2001.12.3
今回の逮捕で分かったのは,「日本の著作権法では,ファイル交換ソフトで他人の著作物を送信可能な状態にしていた場合,刑事告訴が可能」ということである。ファイル交換ソフトそのものについて,何らかの法的判断が下されたわけではない。ACCSが,「現在,ファイル交換ソフトを利用して共有されているファイルのほとんどが,他人の著作物であり,多数の著作権侵害行為が行われている」と認識している以上,最終的な目標が,「著作権保護機能を持たないファイル交換ソフトの根絶」であることは間違いない。
翌2002年4月には、ファイルローグがサービスを停止。P2Pファイル共有ソフトの「今後」に注目が集まっていました。
2. ネットユーザーの期待に応える形でWinny登場
「暗号化」「匿名」で大人気となり一気に広まる
このような流れのなか、掲示板「2ちゃんねる」の「MXの次はなんなんだ?」スレッドの47番目に以下の投稿がされました。
47 名前: 投稿日:02/04/01 05:35 id:*****
暇なんでfreenetみたいだけど2chネラー向きのファイル共有ソフトつーのを
作ってみるわ。もちろんWindowsネイティブな。少しまちなー。
(※idは削除しています。)
この「47氏」または「47さん」と呼ばれる投稿者が金子勇氏です。当時、金子氏は東京大学大学院情報理工学系研究科数理情報学専攻情報処理工学研究室(数理情報第七研究室)特任助手(戦略ソフトウェア創造人材養成プログラム)でした。
この発言にある『Freenet』は完全な(ピュア)P2Pファイル共有ソフトでしたが、性能面に課題があり、広く使われていませんでした。
この書き込み後、47氏(金子氏)は5月6日にP2Pファイル共有ソフト『Winny』のベータ版を公開し、主に掲示板で開発者と利用者の密なやり取りのもと、200回を超える更新を行います。Winnyという名は「WinMX」の「MX」を「M → N」「X → Y」と一文字ずつ次に進めて付けられています。スレッドタイトルの「MXの次はなんなんだ?」が由来といってよいでしょう。Winnyのアイコンにアメリカ・ニューヨークの風景が使われているのは「NY(New York City)」から連想されたものです。
Winnyの特徴は、完全なP2Pを実現していたことと、暗号化通信を用いて非常に匿名性の高いデータのやり取りを実用レベルで実現したことにあります。WinMXユーザー逮捕などで、P2Pファイル共有ソフトの利用に不安を感じていた利用者が飛びつく形で一気にWinnyが広がっていきます。記事などにより記述に違いがありますが、100万人近い利用者がいたといわれています。
「匿名なのになぜ?」Winnyでも逮捕者
しかし、皮肉なことに、Winnyが匿名性の高いデータのやり取りを実現したことで、著作権法や児童ポルノ規制法、個人情報保護法などに抵触する違法なファイルの交換や販売を利用する不届き者も一気に増加することになりました。そして、Winnyで流通するファイルに「Antinny」といったコンピュータウイルスやワームが仕込まれる事件も発生し、騒動は大きくなっていきます。
そして、翌2003年11月27日には、Winnyの利用者が著作権法違反で逮捕される事態に発展。ネット界隈を中心に「匿名なのになぜ?(対象者が分かった?)」と強い衝撃が走ったのです。
金子氏も"共犯"として逮捕者される
2004年5月10日には、開発者の金子氏も著作権侵害行為を幇助した共犯の容疑を問われて逮捕されることになってしまいました。
金子氏の逮捕は、「包丁を使った殺人事件が発生したら、鍛冶(製造メーカー)も罪に問われるのか?」という観点から、弁護士など法関係者を巻き込みながら社会に議論を巻き起こしています。
Winny開発者の逮捕理由「著作権法違反幇助」は正当か!? ~弁護士各氏語る(INTERNET Watch)2004/06/28
3. 逮捕から無罪を勝ち取るまで「7年半」
「なぜ、不正利用者が分かったのか?」
裁判がはじまると、「Winnyは匿名なのになぜ逮捕できたのか?」「金子氏は有罪なのか?」と利用者視点からも開発者視点からも、非常に高い注目を集めました。裁判を傍聴した人のブログやサイトにアクセスが殺到する現象も見られています。
まず、Winnyの匿名性が暴かれたのかどうか、という点は、2004年9月1日の初公判検察側冒頭陳述で明らかになりました。捜査はWinnyに搭載されていた「ウィニーBBS」を利用し、容疑者のパソコンに京都府警が直接接続して違反者のIPを特定するという手順で行われていたのです。暗号が解かれたという状況ではありませんでした。
京都府警のWinny突破の手法が、ついに明らかに 違法ユーザーのパソコンに府警が1対1で接続(ASAHIパソコン NEWS)2004.9.15
金子氏は無罪に
金子氏は無罪となりました。2006年12月13日に京都地方裁判所で有罪判決となったものの、2009年10月8日、大阪高裁判決にて逆転無罪となり、最終的に2011年12月19日、最高裁で「多数の者が著作権侵害に利用する可能性が高いと認識していたとはいえない」として検察側の上告を棄却して無罪が確定したのです。
逮捕から無罪を勝ち取るまで、実に7年半もの時間がかかってしまったことになります。この裁判の経緯は弁護士の壇俊光氏が記した書籍『Winny 天才プログラマー金子勇との7年半(NextPublishing)」(インプレスR&D)に詳しく記されています。
無罪確定後、金子氏は弁護士の壇俊光氏とともにメディアのインタビューを受け、「今回の1件で、他人のためにプログラムを作るという癖がなくなっちゃいました」と語っています。
Winny開発者・金子 勇氏、担当弁護士 壇 俊光氏に聞く逮捕から8年、やっと"一歩前進"――「Winny」無罪確定で(ASCII.jp)2011.12.23
そう語る一方で、時系列が前後しますが、金子氏は、P2Pによるファイル共有ソフトのユーザーが著作権侵害をできないようにする技術で特許を取得しており、製品化もされました。裁判による中断がなければ、もっと早く実現していたかもしれません。この特許に金子氏の社会的課題を解決する問題意識の高さと、責任感の強さが示されているように感じます。
残念なことに、金子氏は2013年7月6日に急性心筋梗塞で42歳の若さで亡くなってしまいました。社会課題の解決に関心を持ち、先端技術を追求する天才ソフトウェア開発者を失ったことは世界にとって大きな損失になったといわれています。
広まるP2P(Peer to Peer)の活用
21世紀初頭から、Winny等をきっかけのひとつとしてP2P(Peer to Peer)技術の利用が広まりました。
P2Pではネットワークに接続されたコンピューターは対等の立場、機能で直接通信します。クライアント・サーバー方式ではクライアント数が増えると、サーバーに負荷が集中し、回線が重くなる現象が発生しますが、P2Pでは特定のコンピュータへの集中が発生しにくく、スケーラビリティが高く障害に強いのが特徴となっています。低コストで済むことも魅力です。
このため、P2Pは、緊急情報のやりとり(P2P地震情報)をはじめ、データ通信などに広く利用されるようになりました。ビットコインなど仮想通貨・暗号資産を司るブロックチェーン技術の根幹としてもP2Pが活用されています。
しかし、まだまだ技術的に成熟期に入っているとは言いがたい面もあり、開発や制御、セキュリティ管理が困難であることも報告されています。インターネットそのものに負荷もかかります。これらはWinnyが明らかにした課題だったといえます。P2P技術の今後のさらなる発展が期待されています。
まとめ:Winnyが社会に与えたインパクト
P2Pファイル共有ソフトWinnyは、暗号化された匿名のP2Pファイル共有を実現し、残念なことにユーザーの不正利用と、さらにWinnyを介した情報漏洩ウイルス・ワームなどの拡散などで社会に大きなインパクトを与えることになりました。しかし、Winnyの根底をなすP2P技術の利用は広まり、その後のIT技術に欠かせないものとなっています。
WinnyはP2Pを広め、著作権などへの関心を高め、さらにファイル共有技術の発展に大きく寄与したといってよいでしょう。