様々な現場でQA業務に携わっている方々の「声」をお届けする『隣のQAに聞く!』。スマートフォン用ARゲームアプリのヒットなどがきっかけで話題となったXR(VR/AR/MR)領域。今後、一気に広まる可能性が高いと目されています。
その流れで今、熱い注目を集めているのが、株式会社 Psychic VR Labが開発する、誰でも簡単にARやVRの作品を制作できるXRプラットフォーム「STYLY」です。
そんな最先端のプラットフォームを開発するチームでは、どのようにQA業務が実施されているか、気になるエンジニアの方も多いのではないでしょうか?
本記事では、同社の井之上 心也さんに同社のQA活動やQAに取り組む上でのポイントなどについてお話いただきました。
今回インタビューを受けてくださった方

- 井之上 心也 (いのうえ しんや)
株式会社 Psychic VR Lab
情報系の学科で学んだ後、大手精密機器メーカーに入社しソフトウェアエンジニアとしてキャリアをスタート。オフィス用複合機のQA部門に配属後、QA技術に触れて感銘を受け、ソフトウェアテストやQAについて理解と学びを深めた。その後、新しい世界に触れたいとの思いからXRの世界に興味を持ち、XR領域でQAリーダーを目指すようになり、株式会社 Psychic VR Labに参画する。現在はチームリーダーとしてXR領域でのQA活動を推進している。
- もくじ
世界をリードするXRプラットフォーム「STYLY」を開発する先端企業
――株式会社 Psychic VR Labはどのようなサービスを展開していらっしゃいますか?
当社は、都市空間と連動したXRコンテンツを制作・配信できるリアルメタバースプラットフォーム「STYLY(スタイリー)」をメインで開発しています。STYLYにはあらゆる都市の3Dデータが実装されていて、実空間と連動したXR(VR/AR/ MR)コンテンツを誰でも制作・配信することができます。
当社のバリューは『「空間を身にまとう時代」をつくる。』です。ウォークマンやiPodが登場して、人々が音楽を聴きながら移動できるようになり、音楽を身にまとうことができるようになりました。
同様に、空間そのものを身にまとい、これまでテキストや動画を送受信してきたのと同じように、空間そのものを送受信できるようになる時代がくると考えています。その実現に向けて、私たちは「リアルメタバース」を提唱しています。
今後も、世界中のクリエイターや各都市と連携し合いながら、現実世界をテクノロジーで拡張させる「リアルメタバース」を推進していき、ライフスタイルの中でXR/リアルメタバースを利用する「空間を身にまとう時代」の創造を目指していきます。
――これから、ARやVRのコンテンツやサービスが増えると思いますが、その流れにあって、御社の強みは何でしょうか?
ARやVRといったそれぞれの区切りで見ると同じような取り組みをしている会社は多いと思います。しかし、ARとVRを自由に操り、作品を作ることができるプラットフォームは我々が調べている限り「STYLY」だけだと思います。ARとVRを両立する技術を持っているのが当社の強みです。
「プロダクトの成長を妨げるものをなくす」のがQAのミッション
――御社のQA業務の位置づけや、今、目指していることを教えてください。
QAチームとしては、「プロダクトの成長を妨げるものをなくす」活動をしています。例えば、車が走る先に岩があったり、倒木があったりしたら進むことができません。「to B」「to B to C」を意識して、プロダクトが成長する上での心配事をなくすのが目標です。
――QA業務を進める上で、自動化などの技術は取り入れていますか?
AR、VRを作るサービス「STYLY Studio」では、ユーザーが作品を作って再生して見るまでの流れを一貫して全て自動テストで回し、画像処理を使って正解の判定をしています。この自動テストには「SikuliX(シクリックス)」を使っています。これを毎日やることで、リグレッションテストではありませんが、日々、重要な部分が壊れていないか確認しています。
現在は「STYLY」のモバイルアプリを自動でリグレッションテストできるようにする計画があり、この仕組み作りに着手しています。
この部分はフルスクラッチの「Unity」で書かれているので、NetEase Gamesの「Airtest」や「Poco」といったフレームワークを使い、外側からテストできる体制を作っています。あまり、従来のQAでは使われていない方法かもしれません。
――他の事例があまりないので、ご自身で新しいツールや方法を用意して、最適な組み合わせを考え、トライアンドエラーをしているのでしょうか?
そうですね。例えば、AI自動化テストツール「Magic Pod」のようなテストを自動化するソリューションは数多くあると思います。ただ、「Unity」で作られたアプリは自動操作することができないことが多いので、他のツールを半年近く試して捜索したという感じです。
AR/VRでは、一般的なQAやテストとはテスト観点が違っていたりするため、調べても事例が全く出てこないことが多いです。その意味で、特有の難しさがあると思っています。
――まさに今、AR/VR業界のQA分野を開拓しているところなのですね。
もしかしたら、まだ表に出てきていないだけなのかもしれませんが、正解がないといいますか、調べても出てこないのは確かなので、開拓をしている感覚はありますね。
テスト観点や知見があまりない分野は自分で開拓していくしかない
――プロダクトの品質を改善していくために、工夫しているポイントがありましたら教えてください。
社内全体の品質意識向上のために、Psychic VR Labに入社した当時、Slackで毎日「QA小話」を半年ほど投稿しました。よくある話だと思いますが、QA用語やQAの手法を解説したり、このようにQAをしていますと説明したり、お知らせしたりしていました。それと、社内勉強会でソフトウェアテストについて発表するなどしています。
また、プロダクトがQAのフェーズに入ったタイミングで、ビジネスサイド、実際に案件として対外発信する営業担当者に使ってもらってレビューをしてもらい、改善に回す取り組みもしています。これは「こんな案件で使うから入れて」とリクエストされた新機能が使えなかったり、説明ができなかったりしたら困るので確認してもらう意味もあります。
――「QA小話」を展開されたのは、開発者の皆さんにQAの意識を持ってもらう狙いがあったのでしょうか?
はじめに、テストエンジニアやQAエンジニアが何をしているのか知ってもらいたいと考えました。「下手なものは作れない」と気持ちが引き締まり、がんばる気持ちになってくれるのではないかと考えて、まず、存在をアピールした感じです。
――一般的な話になりますが、QA的な感覚が開発者の意識になくて苦労したことはありますか?
実は当社ではほとんどありません。「技術的負債」的なものを抱え込みそうな場面があると思いますが、そんなときは、自発的にエンジニアが「Backlogに積んでおくので直しましょう」という感じで動いてくれることが多いですね。技術的負債を残さないようにする意識がもともと強かったと思います。
――御社の場合、もともと品質に対する意識があって、それが強く共有されるようになったのですね。
そう思います。コードレベルでいくと品質は以前より上がったと思います。ただ、それ以上の結合テストなど上流の層ではまだ課題が残っている面があります。ありがたいことに、当社は社長をはじめ、エンジニア以外の方々を含めて全体的にプロダクトへの愛が強く、高い品質意識が共有できていると思うので、今後、改善できると考えています。
――ユーザーからのフィードバックをQAに利用することはありますか?
意外とありますね。私自身、「STYLY」のワークショップや体験会、説明会には手伝いも兼ねてよく参加しています。このとき、ユーザーの方々から直接、何を求めているか話を聞かせていただいています。こういった調査は、机の前にいるだけでは絶対できません。直に"取りに行く"ことを意識しています。やはり、リアルとバーチャルは異なり、リアルにはリアルの良さがあると思っています。
――今後は、どのようにQAを推進していこうと考えておられますか?
AR、VRやメタバースなどは、テスト観点をはじめ知見があまりない分野なので、自分で開拓していくしかないと思っています。
一例ですが、町にかざすだけでキャラクターのオブジェクトなどARが浮かび上がってくる、都市のXR機能をリリースする前のテストは、機能が使える国内7都市に実際に赴いて実施しました。実際にARを体験する範囲を500mほど取り、そこから見られる場所をプロットしていき、安全でブランドイメージを損なわないで見られる場所を絞り込みました。
AR、VR、メタバースとはいっても、実はすごく泥臭い、地道な検証が必要なことも多いです。本当に行かないと分からないことも多いので、方法をその都度考えています。
エンドユーザーに喜んでもらうことが「やりがい」になっている
――QA担当者として感じている「やりがい」や「大事にしていること」を教えてください。
シンプルな話ですが、エンドユーザーつまり最終的に触ってもらう方々に喜んでもらうことが私のやりがいになっています。デモンストレーションをしたり、体験してもらったりしたとき、ユーザーの反応が直で「楽しい!」とか「おぉすごい...」といっていただくことが自分のモチベーションに直結しています。
QAの仕事は、当然ですが品質を上げることです。品質は開発者やマーケティングの人が決めるものではなく、最終的にはエンドユーザーが決めるのだと私は思っています。いつも「ユーザーにとって、これはどうなのだろう?」と自問自答しながら仕事をしています。
――ご自身で、QAの情報収集や学習等、スキルを身につけるために工夫されていることはありますか?
以前在籍していた大手精密機器メーカーは研修がとてもしっかりしていたので、資格は取得していませんが、JSTQB(Japan Software Testing Qualifications Board:ソフトウェアテスト技術者資格認定組織)認定テスト技術者資格のFoundation Levelが取れるぐらいの勉強はしました。
最近はスクラム開発に取り組んでいるので、アジャイル品質(Agile Quality)に興味を持っています。スクラムでのQAに関連して、パターン「QA to AQ」は勉強しました。仕事が忙しくなると勉強する時間がなくなってしまうので、私は最低でもカレンダーの毎週木曜日11時から12時を"勉強タイム"にして他の用事をブロックして、情報収集や学びのために使っています。
――今後、QA業務を通じて達成したいことがございましたらお教えください。
今の私の目標・テーマは最高品質責任者(CQO:Chief Quality Officer)になることです。転職前はQAチームのリーダーになることを目標にしていました。実際にCQOになれるかどうかはタイミングもあると思いますので分かりませんが、プロダクトで品質に責任を持って取り組むことを肩書きとしてできる人間になりたいと考えています。
――最後に、QAを目指す方、QAとして働いている方にメッセージをお願いいたします。
QAはいろいろと矢面に立って辛いこともあると思いますが、ともにがんばりましょう!
――本日はお時間をいただき、ありがとうございました。