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ITあれこれ20年ストーリー(1)「社会課題と技術の20年の道のり」
IT関連の歴史 更新日 2025.09.10
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ITあれこれ20年ストーリー(1)「社会課題と技術の20年の道のり」

執筆: 大木 晴一郎

ライター

私たちの生活に深く根ざしているIT技術。急速な進化の背景には、常に「社会課題」を解決したいというエンジニアの想いがありました。20年前の2005年、「Web2.0」の可能性に期待が集まる中、日本社会が抱えていた社会課題とは何だったのか。そして2025年現在、20年の歳月の中で、ITは私たちの問題をどこまで解決し、あるいは新たな問題を生み出したのか。今回は20年前の「夢」と「現実」を見つめ直しながら、社会課題と技術の関係の変遷を振り返ってみたいと思います。

もくじ
  1. 20年前のIT業界と社会課題~「夢」と「現実」のギャップ
    1. 2005年ごろ、ITに解決を期待されていた社会課題は?
    2. 当時の技術トレンドは?
    3. アル・ゴア「不都合な真実」が示した転換点
  2. ITの進化がもたらした光と影
    1. 「データドリブン社会」の到来
    2. 「クラウド革命」が生活を変えた
    3. 「想定外」の連鎖反応がはじまった
    4. 「DX」のパラドクス
  3. 未来のエンジニアの役割は?
    1. 「SDGs時代」のエンジニア使命とは?
    2. SF的未来と倫理、イノベーションの調和
    3. 技術力を超える「洞察力」が求められる時代へ
  4. まとめ

1. 20年前のIT業界と社会課題~「夢」と「現実」のギャップ

1-1. 2005年ごろ、ITに解決を期待されていた社会課題は?

2005年、日本では長く続く経済不況を吹き飛ばす成長エンジンとしてITに大きな期待が寄せられていました。
当時の社会が抱えていた課題は多岐にわたります。例えば、少子高齢化による深刻な人手不足がはじまり、医療・福祉分野の負担増、地方と都市部の情報格差の拡大、働き方の多様化への対応の遅れ、そして行政サービスの効率化と透明性の強化などが主要な問題として認識されていました。

そのころ、政府は「e-Japan戦略」や「IT新改革戦略」などを掲げ、「IT戦略本部」を設置するなどしてITを活用した行政サービスのワンストップ化、遠隔地医療の推進、テレワークの普及による働き方改革、生活インフラの効率化などを積極的に推進していました。
医療分野では、電子カルテの導入による医療の質向上や医療過誤の削減、遠隔医療による地域間の医療格差解消が期待を集めていました。

1-2. 当時の技術トレンドは?

2005年ごろのIT業界では、インターネットの普及加速とともに「Web2.0」と「ユビキタス社会」という二つの大きなキーワードが注目を集めていました。
「Web2.0」は、2004年に提唱された概念で、2005年前後に日本でも関心を集めました。従来の単なる情報閲覧型ウェブから、ユーザーが積極的に参加し、双方向でコンテンツを生成・共有する新しいウェブのあり方を表す概念です。これを説明する梅田望夫氏の著書『ウェブ進化論』(ちくま新書)は大きな話題となり、多くの人に読まれました。

この流れの中でSNSやブログの台頭は象徴的な出来事でした。それまでメディア中心だった情報発信が個人中心にシフトしはじめたのです。SNSでユーザー同士が協力してコンテンツを作り上げることで、情報の流通が劇的に加速し、個人間のコミュニケーションが活発化することが期待されていました。SNSで新たなオンラインコミュニティが形成され、社会全体の多様性が増すと考えられていました。

「ユビキタス社会」とは、あらゆる場所にコンピュータが自然に溶け込み、人々がとくに意識することなくITの恩恵を受けられる社会の実現を目指す概念です。「ユビキタス(ubiquitous)」は、いつでもどこでも存在することを示す単語で、ITがいつでもどこにでもある存在を目指していることを示しています。当時、右肩上がりでITは進歩しつづけ、人々の生活を便利にするものだと自然に信じられていました。

1-3. アル・ゴア「不都合な真実」が示した転換点

このようにITに対してどちらかといえば楽観的な期待が広まっていた中、2006年に公開されたアル・ゴア元米副大統領が制作したドキュメンタリー映画『不都合な真実』は大きな衝撃を与えたのです。この映画はIT業界に「環境問題」という新たな社会課題が加わる大きな転換点となりました。
アル・ゴア氏は、気候変動に対する啓発活動が評価され、2007年にノーベル平和賞を受賞しました。『不都合な真実』の社会的インパクトの大きさを物語っています。

『不都合な真実』は、地球温暖化の深刻な現状とそれに対する人間活動の影響を、豊富な科学的根拠とともに示し、環境問題への世界的な意識を劇的に高めるきっかけとなりました。本作以降、電子機器が消費する莫大な電力や、機器の廃棄による環境負荷など、ITそのものが環境問題の一因になっているとの認識が広まります。「グリーンIT」という概念が広がり、ITを活用して環境負荷を低減する取り組みや、IT企業の環境に対する責任が強く問われるようになりました。これ以降、環境問題はITが避けては通れない社会課題となり、エンジニアの視野に加わることになりました。

2. ITの進化がもたらした光と影

2-1. 「データドリブン社会」の到来

2005年当時には想像できなかったほど、現在の私たちの社会は「データドリブン」なものへと劇的に変貌を遂げました。インターネットの普及、スマートフォンの爆発的な普及、そして様々なセンサーデバイスやIoT機器の進化により、日々生成される膨大な量のデータが蓄積され続けています。

その規模の大きさは驚異的で、2025年には世界で1年間に生成されるデジタルデータがIDCの予測(2017年)によると163ZB(ゼタバイト、テラバイトの10億倍)に達するとされています。スマートフォンから収集される個人の行動ログ、位置情報、購買履歴、健康データ、さらにIoT機器やセンサーから得られる環境データなど、私たちの生活のあらゆる面がデータ化される「データ中心社会」が現実になりました。

収集されたビッグデータの解析により、これまで見えなかった社会の課題や個人のニーズが可視化されるようになったのが現代社会の大きな特徴の一つだといえます。

例えば、交通データの詳細な分析により、渋滞予測の精度が飛躍的に向上したり、物流の効率化を図ったり、災害時の避難経路の最適化をしたりすることが実現しています。
膨大な気象データの分析がより正確な天気予報を可能にしていることも見逃せません。

2-2. 「クラウド革命」が生活を変えた

2000年代後半から広がりはじめた「クラウドコンピューティング」は、ITの世界に大きな変化をもたらしました。そして2020年以降に起きた新型コロナウイルスの流行は、クラウドの便利さや重要性を多くの人に実感させるきっかけとなりました。

感染防止のためにリモートワーク(在宅勤務)が急速に普及し、ZoomやSlackといったクラウド上で動くコミュニケーションツールが仕事の中心になりました。自宅から働くことが、特別なことではなく普通の働き方として定着したことになります。

クラウド化が進む流れの中で、企業や自治体、そして家庭でも、IT機器にかかるコストや管理の手間が大幅に減っていきました。
仕事に使うアプリケーションも、ネットを通じて安全かつ柔軟に使えるように変化し、在宅勤務やネットショッピングが当たり前になり、新しいライフスタイルが現実のものとなりました。

2-3. 「想定外」の連鎖反応がはじまった

2005年当時、誰もが想像しなかったのがSNSの爆発的普及でしょう。SNSは、はじめ個人が自由に情報を発信し、それを瞬時に共有できるプラットフォームとして登場しましたが、少しずつ、生活の一部と化していきました。

SNSの影響力の大きさを示した事件として印象的なのが「アラブの春」です。2010年から2012年にかけて中東・北アフリカで続発した民主化運動では、Twitter(当時)やFacebookが市民による情報共有と結束の重要な媒体となり、政権批判や市民連帯に大きな力を発揮しました。SNSは民衆が権威に立ち向かう強力な武器となり、世界の政治や社会運動のあり方を根本的に変えたといわれています。

しかしその後、SNSは予想もしなかった負の側面を露呈させていきました。SNSを中心とするフェイクニュースの拡散が社会を混乱させる深刻な問題として浮上していったのです。ネット空間では「真偽不明の情報」がかつてない速度と規模で拡散し、社会不安や混乱を招いています。また、「闇バイト」など犯罪での利用も目立つようになり、社会問題となっています。

スマートフォンをはじめ個人のIT機器利用が当たり前になる(ユビキタス社会になる)につれて、深刻化したのがデジタル格差(デジタルデバイド/情報格差)の問題です。
ITの恩恵を十分に受けられる人とそうでない人の間で、情報へのアクセス能力や利用機会に大きな格差が生まれ、社会の分断を深める要因となっているとの指摘があります。高齢者や地方住民など、デジタルデバイドに直面する人々への支援は、現代社会の課題の一つだといえってよいでしょう。

そして、AIの急速な発展がAI倫理という新たな課題を生み出しています。AIが人間の判断に代わって意思決定を行う場面が増え、その公平性や透明性、責任の所在が問われるようになりました。例えば、自動運転車の事故における責任の所在など、技術の進歩に倫理が追いついていない現状があります。これらは、2005年当時では想像もつかなかった、ITがもたらした「想定外」の要素だといえるでしょう。

2-4. 「DX」のパラドクス

近年、あらゆる業界で「DX(デジタルトランスフォーメーション)」という言葉が使われてきました。
企業がIT技術を活用してビジネスモデルや業務プロセスを根本的に変革し、競争優位性をするのがDXです。DXという概念は2004年に提唱されましたが、日本国内で一般に認知・活用されるようになったのは2018年以降とされており、2005年当時には広く知られていたわけではありませんでした。

製造業におけるスマートファクトリー化、小売業におけるECサイトの強化とオムニチャネル戦略、金融業界でのフィンテック活用など、DXは様々な分野で業務の効率化、生産性の向上、新たな価値創造に大きく貢献してきました。

しかし、DXの推進は同時に深刻なパラドクスも生み出してきました。
この20年間で、ITシステムは行政や産業活動の根幹を担う存在となり、クラウド基盤、無数の外部API連携、各種業務アプリケーションが社会の不可欠なインフラへと成長した一方で、これらの複雑なネットワーク連携により、サイバー攻撃やシステム障害が起きた際に社会全体の機能が麻痺する重大なリスクが一層高まっています。

実際に、近年の日本や欧米では、大手企業に対するランサムウェア攻撃、自治体の情報システムダウン、重要インフラへのサイバー攻撃など、DX推進の副作用ともいえるトラブルが数多く発生しています。2021年に日本年金機構が受けた不正アクセス事件や、2024年にKADOKAWAグループが大規模なサイバー攻撃を受けた事例は記憶に新しいところです。

3. 未来のエンジニアの役割は?

3-1. 「SDGs時代」のエンジニア使命とは?

2025年現在、エンジニアに求められる役割は2005年当時とは大きく異なるものへと変貌しています。国連が提唱する「持続可能な開発目標(SDGs)」が世界的なスタンダードとなり、企業活動においても「環境への配慮」「誰一人取り残さない社会の実現」への積極的な貢献が不可欠となっています。

エンジニアに問われるのは、もはや技術による経済発展や効率化だけではありません。地球環境の保護、人権の尊重、ダイバーシティの推進、貧困・教育・医療・安全保障といった幅広い社会課題への本質的な理解と、その解決に向けた具体的なコミットメントが強く求められています。

例えば、再生可能エネルギー技術の開発やエネルギー効率の高いシステム設計が、SDGsの目標7「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」の達成に直接貢献することになります。

3-2. SF的未来と倫理、イノベーションの調和

AI、ロボティクス、バイオテクノロジー、量子コンピュータなど、最先端技術の進歩は、かつてSF作品で描かれていたような未来を現実のものにしつつあります。しかし今や、それらの実現スピードは当初の予想をはるかに超え、社会へのインパクトも予想以上に深く複雑なものとなっています。

自動運転車や医療AI診断システムの実用化の過程を見ていると「技術で解決できない社会問題はない」という時代の到来を予感させます。しかし同時に、「何が人間らしさなのか」「技術と社会倫理は両立できるのか」という根本的な問いも浮上してくることでしょう。

とくに最近では、生成AIによるディープフェイク動画の拡散、AIシステムによる差別や偏見の助長への危惧など、倫理的ジレンマがますます深刻化しています。

このような状況に対処するには、技術革新を無条件に推進するだけでは不十分です。SF的な夢の未来と倫理の問題、自信が生み出すイノベーションと調和を図っていく必要があります。ますます「SF思考」が求められるようになりそうです。

3-3. 技術力を超える「洞察力」が求められる時代へ

2025年以降のエンジニアには、プログラミングスキルや特定の技術分野への精通といった従来の「技術力」に加えて、社会の仕組み、ビジネスの本質、そして人間の心理や行動の根底にあるものを深く理解する「洞察力」が強く求められるようになっています。

複雑化する現代の社会課題を解決するためには、単一の技術分野の知識だけでなく、様々な分野の知識を横断的に組み合わせ、問題の全体像を正確に把握する力が重要になってくるでしょう。例えば、都市部の交通渋滞問題を解決するためには、AIによる交通量予測技術の開発だけでなく、都市計画学、人々の行動心理学、環境科学など――すべてをすぐに理解できなくても、幅広く物事を捉え、じっくり考えることが重視されていくはずです。

4. まとめ

2005年からの20年間でIT技術は多くの社会課題を解決してきましたが、同時に予想もしなかった新たな課題も生み出しています。
2005年ごろに描かれた「夢」は、データドリブン社会やクラウド革命として一部が実現した一方で、セキュリティ(サイバー攻撃)やフェイクニュース、AI倫理といった「想定外」の問題が浮上しています。エンジニアには、物事を大きく俯瞰で捉えることが求められる時代になっているのかもしれません。

IT関連の歴史
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執筆: 大木 晴一郎

ライター

IT系出版社等で書籍・ムック・雑誌の企画・編集を経験。その後、企業公式サイト運営やWEBコンテンツ制作に10年ほど関わる。現在はライター、企画編集者として記事の企画・編集・執筆に取り組んでいる。