品質向上や生産性向上を図るべく、規格や標準の適用を考えるITチームやプロジェクトは多いでしょう。規格や標準に準拠してマネジメントやプロセスを進めることは、「プロジェクトを適切に進められている」という対外的な証明にもなります。
「テーラリング」は、規格や標準の適用にあたって有効な手法です。テーラリングは他業界でも使われる言葉ですが、IT業界において使われる意味を知らない方もいらっしゃるのではないでしょうか。
この記事では、IT業界におけるテーラリングとは何か、基本からわかりやすく解説します。テーラリングのメリットや進め方、ポイントも紹介するので、ぜひ最後までご覧ください。
- もくじ
1.IT業界におけるテーラリングとは
IT業界における「テーラリング」とは、規格や標準などをチームや個別のプロジェクトに合わせてカスタマイズする(仕立て直す)ことです。「洋服の仕立て直し」といった意味を持つ英語の「tailoring」に由来する言葉で、アパレル業界ではそのままの意味で使われます。
IT業界のテーラリングでは、仕立て直しの対象物がチームに関わるさまざまな要素となります。
たとえば、ISOなどの規格や社内の標準プロセス、業務フロー、開発モデルなどが代表的です。これらにおける漠然とした箇所を具体化したり、チームに合わない箇所を調整したりすることで、最適な形に仕立て直します。
1-1 テーラリングの実施目的
テーラリングを実施する主な目的は、規格や標準を個々のチームやプロジェクトにフィットさせ、その効果を最大化することです。一般的な規格や社内の標準プロセスは、あらゆるチームにとって最適とは限りません。そのままではチームに適用できないケースも多いのです。
たとえば、幅広いチームへの採用を想定した規格の場合は汎用的、一般的な記述が少なくありません。それではチームの具体的な業務と結びつけることが難しいでしょう。
そこでテーラリングを行うことで、チームに合わせてルールを具体化でき、適用が容易となります。
このように、チームが規格や標準を十二分に適用したい場合、テーラリングは有効です。
1-2 テーラリングの実施タイミング
組織やチーム、プロジェクトの規模に関わらず、テーラリングは新しい規格や標準を適用する前段階で実施することが理想です。
管理者・リーダークラスの人物が中心となって実施し、チームメンバーの意見も取り入れながら最適化します。そして、仕立て直した規格や標準をチームやプロジェクト全体に適用するのです。
ただし、適用した後に合わないプロセス・指標などに気付くケースも少なくありません。そのため、適用済みの規格や標準に対して問題が見つかった場合も、テーラリングで対処することが可能です。
2.ITチームがテーラリングを実施するメリット
テーラリングは、プロジェクトマネジメントの知識を体系化した「PMBOK」でも専用の章で記載されています。
有力な手法の1つとされているテーラリングを実施するメリットは、主に次の2つです。
2-1 チームメンバーに伝わりやすくなる
1つ目のメリットは、チームのルールやプロセスの意図等がメンバーに伝わりやすくなるということです。
幅広い業界やチームに適用される規格や標準だと、具体的な記述を避けるケースがあります。たとえば、製造業でも適用される規格にIT業界の具体例は記述されないでしょう。
テーラリングを実施すれば、IT業界さらには自分達のチームやプロジェクトに伝わりやすい事例を取り入れるなどして、具体性を高められます。
その結果、ルールやプロセスの正しい意図をチームメンバーが理解しやすくなるでしょう。
2-2 チームの規模や実情に合わせて柔軟に適用できる
2つ目のメリットは、チームの規模や実情に合わせて柔軟に適用できるということです。
規格や標準に記述されたルールやプロセスの中には、チームやプロジェクトの実態に即さないものが少なくありません。たとえば、主に大規模なチームを想定した開発モデルの場合、小規模なチームには達成が難しい指標が設定されているケースもあります。
テーラリングを実施すれば、チームやプロジェクトの実態に即さないルールやプロセスを、チームの規模や実情に合った形で調整できます。テーラリングによってチームとの不整合を解消することで、規格や標準の柔軟な適用が可能です。
3.ITチームがテーラリングを実施するデメリット
テーラリングには、メリットだけでなくデメリットもあります。ITチームやプロジェクトがテーラリングの実施を考える場合、次のデメリット2つを念頭に置きましょう。
3-1 カスタマイズを誤ると規格や標準が正しく適用されない
チームやプロジェクトに合わせるからといって、あらゆるルールやプロセスを変更してよいわけではありません。規格や標準においては、カスタマイズが許容されていない箇所もあります。こうしたルールやプロセスを不用意に変更すると、規格や標準を正しく適用できないというリスクが生じます。
冒頭でお伝えした通り、規格や標準に準拠することは、プロジェクト遂行の妥当性を証明する有効な手段です。しかし、その規格や標準が正しく適用されなければ、正しいマネジメントやプロセスを行っている証明にはなりません。
カスタマイズを誤らぬように、テーラリングの際には変更の可否を含めて必ず精査しましょう。
3-2 チームやプロジェクトに合っていない場合は効果が薄い
適用を考えている規格や標準などがチームやプロジェクトに合っていない場合、テーラリングを実施したとしても効果は薄くなります。
たとえば、品質向上を最優先したいチームがスピード重視の開発モデルを採用する場合、テーラリングの効果はあまり期待できません。そもそも開発モデルがチームの方向性に合っておらず、テーラリングを実施しても目的を達成できる可能性は低いためです。
また、原形をとどめないほどのカスタマイズが発生してしまえば本末転倒です。テーラリングを実施する前に、そもそもチームに合っているのかを考慮しましょう。
規格や標準を精査し、目的や想定しているプロジェクトなどを正確に把握することが重要です。
4.テーラリングの大まかな手順
誤ったテーラリングによるリスクを防ぐためには、正しい手順で実施することが求められます。テーラリングの大まかな手順は、次の5ステップです。
ステップ1 対象の規格や標準を精査する
まずは、適用を考えている規格や標準について精査し、テーラリングを実施してもよいか、実施すべきかを確かめましょう。
前述したように、変更が許容されない箇所が存在する、あるいは元々変更が許容されていない規格や標準もあります。変更を検討する前に、どの箇所を変更してもよいのかを明確にしておくことが重要です。
また、この段階で「どのようにテーラリングを進めていくか」という方針・計画も固めておくべきです。加えて、チーム・プロジェクトの目的や方向性に合致しているのかの見直しも行ったうえで検討しましょう。
ステップ2 不適合箇所や懸念事項を洗い出す
規格や標準を精査したうえで、チームやプロジェクトとの不適合箇所や懸念事項がないか洗い出しましょう。
チームの実態に即した指標か、現実的に運用を維持できるプロセスか、チームメンバーからの理解が得られるか、など観点はさまざまです。
管理者・リーダークラスの人物が中心となり、前ステップで決めたテーラリングの方針に沿って進めていきましょう。
ステップ3 チームやプロジェクトに合わせてカスタマイズする
洗い出した不適合箇所や懸念事項に対して変更方法を検討し、チームやプロジェクトに合わせてカスタマイズしましょう。
チームの規模に合わせた指標の見直し、チームが理解しづらいルールの具体化など、さまざまな観点からカスタマイズを行います。
主導者だけでなくチーム全体で協議しながら、あるべき姿を模索することが大切です。
ステップ4 カスタマイズした規格や標準を適用する
方針が固まった規格や標準は、ステークホルダー(組織の上長や顧客など)に共有し、承認を得ましょう。
承認が得られれば、カスタマイズした規格や標準を適用できます。適用後の通常業務では、チーム・プロジェクトに合わせた新しいルールやプロセスで運用していきます。
ステップ5 定期的に効果測定・調整を行う
テーラリングは、規格や標準をカスタマイズしただけで終わりではありません。カスタマイズが正しい判断だったのかどうかは、実際に運用することで初めてわかります。
そのため、定期的に効果測定を行いましょう。あまり効果が見られなかったり、新たな問題が発生したりした場合は、規格や標準の調整が必要です。
5.ITチームがテーラリングを成功させるためのポイント
テーラリングを正しく実施できなければ、新たな規格や標準の適用は失敗に終わってしまいます。
ITチームやプロジェクトがテーラリングを成功させるためのポイントとして、次の2つを押さえておきましょう。
5-1 チームメンバーと情報共有しながら進める
テーラリングは、プロジェクト管理者やチームリーダーなどの一存で進めるべきではありません。規格や標準を実際に運用するのは、個々のチームメンバーを含めたチーム・プロジェクト全体です。チームメンバーからの理解が得られないと効果は上がらないでしょう。
そのため、チームメンバーと情報共有しながら規格や標準を最適化しましょう。
チームメンバーの意見をヒアリングしたり、打ち合わせで認識を合わせたりしながら進めるべきです。また、ステークホルダーからの承認を得ることも忘れてはなりません。
5-2 何をカスタマイズしたのかをしっかり管理する
テーラリングで避けるべき失敗は、どの部分を変えたのか判断できなくなることです。変更状況を管理できていないと細かい調整がしづらいだけでなく、監査などの際に不適切と評価される恐れもあります。
そのため、カスタマイズした箇所や変更内容はしっかりと記録し、すぐに把握・調整できるように管理しましょう。
まとめ
IT業界におけるテーラリングとは、規格や標準などをチームや個別のプロジェクトに合わせてカスタマイズする(仕立て直す)ことです。
チーム・プロジェクトの規模や実情に合わせて適切にカスタマイズすることで、その適用効果を最大化することが可能となります。
一方で、変更が許可されない箇所をカスタマイズするなど、不適切なテーラリングは失敗のリスクをともないます。
テーラリングを成功させるためには、本記事でご紹介している大まかな5つの手順をおさえながら、チームメンバーと情報共有しながら進めること、何をカスタマイズしたのかをしっかり管理することが重要です。
ポイントをおさえて有効的に活用しましょう。