プロジェクトマネージャーはプロジェクトを動かす役割であり、ITエンジニアの中核的な仕事のひとつである。
エンジニアを育てていると、「この人はプロジェクトマネージャーに向いてる人だな、次の案件では任せたいな」と楽しみにすることもあれば、「この人はプロジェクトマネージャーを任せられないな」と感じてしまうこともある。
実際、プロジェクトマネージャーに必要なスキルは多岐に渡る。PMBOKという体系においてでさえ、プロジェクトマネージャーに必要な能力は10個も列挙されている。
しかし、エンジニアを育てる立場からすると、プロジェクトマネージャーに足りえるかを判断するときにPMBOKのようなスキル体系に照らし合わせて「10個のスキルで合計60点以上だからプロジェクトマネージャーを任せよう」などとは考えていないのが正直なところである。
それよりも「この人は良く考えながら仕事しているから」というように、仕事に対する本質的な姿勢・気質に注目してプロジェクトマネージャーをやれるかを判断していることが多い。
本シリーズ「プロジェクトマネージャーの本質とその鍛え方」では、マネジメント能力やリスク管理能力といったプロジェクトマネージャーに求められる「スキル」ではなく、主体性や責任感などのような「各スキルの源になるプロジェクトマネージャーの本質」について、エンジニアを育てる立場から整理していきたいと思う。
- もくじ
1.プロジェクトマネージャーと「考える」の関係性
プロジェクトマネージャーの仕事を一言で表現するなら「考える」かもしれない。
実施者や設計者のやっていることは言うなれば作業である。もう少し大人びた表現をするならタスクである。誰かから指示した作業・タスクを期限と品質を守って完成させること、それが実施者や設計者である。
それに対して、プロジェクトマネージャーはその作業・タスクを考える側である。「プロジェクトを期限内に終わらせる」という大きな業務に対して、適切なタスクやスケジュールを考えてメンバーにやってもらうのがプロジェクトマネージャーの仕事である。
2.「考える」とは何か?
正直、「考えるとは何か」という問いに答えるのは実に難しいが、強いて言えば「正解がない問いに対する答えを探すこと」かもしれない。
正解がある問いなら考えることは発生しない。たとえば入館証が必要なオフィスなら、出社時に入館証を携帯するかどうかを考えることはおそらくない。入館証を携帯することがかなり自明と言える正解だからだ。
しかし、もし電車に乗った瞬間に入館証を忘れたことを思い出せば、その瞬間から「考える」が始まる。次の駅で降りて家に引き返すか、出社している人に開けてもらうか、あるいは入館証を管理している部署から臨時の入館証を借りるか。
そこに絶対的な正解がないから人は考えることを始める。
3.プロジェクトマネージャーにとっての「考える」のポイント
3-1 一度答えを出す
プロジェクトマネージャーの業務は正解のないものがとても多い。
- タスクをどの粒度で洗い出すのか
- タスクをどんな方法で管理するのか
- どのタスクを誰に割り振るのか
- タスクの順番や期限はどうするのか
同じ会社内でさえ、プロジェクトマネージャーごとに意見は異なるだろうし、プロジェクトマネージャー達の様々な意見のどれか一つが絶対的な正解というわけではない。プロジェクトマネージャーの仕事は、絶対的な正解のないプロジェクト運営において、タスクやスケジュールやコミュニケーション等について、自分なりの答えを出して動くことである。
そんなプロジェクトマネージャーにとっては何かを熟考するよりも一度答えを出してみることが大切である。時間をかけて100点の答えを探そうとせずに、ほどよい時間で60点の答えを一度出してみる。そうすれば誰かがその答えを見て、その点数を高められる意見や発言をしてくれるものであるし、テストと同じで60点の勉強で問題集を解いてみた方が自分の足りなかった点数の部分が早く分かるものである。
3-2 人に意見を求める
プロジェクトマネージャーになりたての頃は得てして自分一人で考えがちである。
「案件を任されたなら、タスクの計画も、メンバーのマネジメントも、自分一人でなんとかしなくては」と思いがちであるが、優秀なプロジェクトマネージャーは上司やメンバーに積極的に相談している人が多いように思う。
先月まで実施者や設計者をやっていた人がプロジェクトマネージャーという肩書がついただけで「考える」という行為が飛躍的に優秀になることはない。もちろん自分で考えることは自分の成長にとって大切なことであるが、同じぐらい上司という熟練者の意見を聞いたりメンバーという違う視点の人の意見を聞いたりすることで、自分の考えが磨かれることは少なくない。
4.プロジェクトマネージャーらしい「考える」を身に付ける3つの方法
4-1 プロジェクトマネージャーを疑似体験してみる
「百聞は一見にしかず」ではないが、実業務においては経験にまさる知識は多くない。
案件のプロジェクトマネージャーを任される前から、案件外の業務で疑似的な体験をしてみるのが大事である。委員会で仕事を任されてみる。社内Wikiの作成業務や提案書作成業務などを引き受けてみる。それもできれば作業やタスクとして引き受けるのではなく、「スケジュール管理・タスクの切り分け」からまとめて引き受けてみるのが良いように思う。
4-2 参画している案件の全容を把握しようとしてみる
タスクを引き受けるときには「タスクのやり方」を確認してから取り組むと思う。ときには疑問点をプロジェクトマネージャーに質問することもあるだろう。
プロジェクトマネージャーらしい「考える」を身に付けたいならそこからもう一歩踏み込んで「このタスクは案件全体のどこに位置しているんだろうか」「そもそも案件全体にはどういう業務やリスクがあってどういう優先順でやるのだろうか」、そして「なぜこのタスクをこのスケジュールで今作業するのだろうか」を理解しようとしてみるのがよい。
すると、自分が思いの外案件の全容を分かっていなかったことに気づいたり、自分なりの理解や考えではこのタスクを今やる理由が見つからなかったりする場面に出会う。そのときがプロジェクトマネージャーの考えを学ぶチャンスである。今の案件のプロジェクトマネージャーに「なぜ?」と質問してみよう。
4-3 自分のキャリアを考えてみる
定年までのキャリアと言わず、今後3年のキャリアをどうしていきたいかを思い浮かべ、そのためにどんな業務をどんなスケジュールで経験しなければいけないのか、それを経験するためにどんな前提条件が必要なのかを考えてみるのも良いだろう。
すると、自分のキャリアに対する考えが想像以上に粗いことを知るだろう。プロジェクトマネージャーになりたいと仮定しても、何を経験すればプロジェクトマネージャーになれるのか全然分かっていないことに気づく(キャリアに関しては私自身思考が粗いくせに上から目線の発言で申し訳ない)。
PJ運営やキャリアのように複雑なことを考えると「そもそも今持っている情報だけではこれ以上深く考えられない」ということに気づく。考えを深めるためにネットのキャリアに関する記事を読んだり、上司に相談して自社で考えうるキャリアを教えてもらったりするという行為も、広義のプロジェクトマネージャーの「考える」に含めていいように思う。
5.「考える」を考えるための本のすすめ
5-1 思考の整理学 (外山 滋比古 (著)ちくま文庫)
1983年の刊行以後、計270万部売れているロングセラー。「考える」についての古典的名著。
文庫サイズで220ページの小さくて薄い本の中に「考える」の本質的な向き合い方を説明してくれている。
220ページが長いと思うのなら以下だけでも読んでみると「考えるという行為をどうやればいいのか」のヒントが学べる。
- 30-35P 醗酵
- 36-41P 寝させる
- 134-139P とにかく書いてみる

思考の整理学 (ちくま文庫)
2022年 全国の大学生に1番読まれた本! 2022年1月~12月文庫ランキング(全国大学生協連調べ)歴代の東大生・京大生が根強く支持する異例のベスト&ロングセラー 刊行から37年で128刷・270万部突破
5-2 アイデアのつくり方(ジェームス W.ヤング (著)CCCメディアハウス)
1940年ごろから世界中で読まれている不朽の名作。
わずか102ページで「考えるという行為をどう進めていけばいいのか」の本質的なプロセスをシンプルに説明してくれている。
この本自体は「考える」ではなく「アイデア」に焦点を当てた本であるが、プロセス的にはアイデアも考えるもそこまで変わらないので、「考える」にも転用できる。

5-3 考具(加藤 昌治 (著)CCCメディアハウス)
考えるための思考の書き出し方や整理方法を多様にまとめてくれている本。
5W1Hなどのベタなものからマンダラートなどの少しマイナーなものまでいろいろなものが載っている。考えるというのは頭の中を整理して出す作業なわけだが、その整理フォーマットをいろいろ載せているのがこの本である。
上の二冊が抽象的過ぎて難しければこの一冊に書かれているフォーマットを見よう見まねで始めてみるのもいいのではないだろうか。

最後に
今回はエンジニアを育てる立場から、プロジェクトマネージャーの「考える」仕事についてまとめてみた。
プロジェクトを動かす重要な役割には「考える」という仕事が必須になってくる。
明確な正解がない課題に対して、自分で答えを出してみたり、ときに人に意見を聞いてみたりしながら「考える」というスキルを磨いていくことが大切になるだろう。
今回紹介した3つの書籍も「考える」というスキルを伸ばすためにぜひ購読してみてほしい。