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ゲーム世相を斬る  第2回 : 「ゲームにおけるグラフィック」とは何か?

みなさん、ゲームを楽しんでいますか。今年も宜しくお願いいたします。


昨年から始まりましたこのコラムですが、今回のテーマは「ゲームにおけるグラフィックとは何か」です。


ご存じのように、ゲームソフトはハードの進化とスペックの向上に伴い大きくグラフィックの再現力が変化しました。


さかのぼれば1972年にアタリが開発した「ポン」(PONG)の原始的(今見ればですが・・・)なものから、もはや劇場映画並みのコンピュータグラフィックスがリアルタイムで生成される最先端のゲームに至るまで大きく変化を遂げました。


アタリの「ポン」はドットの構成によるボールと棒状の攻撃用のパドルで対戦します。



黒川文雄
1960年、東京都生まれ。音楽ビジネス、ギャガにて映画・映像ビジネス、セガ、デジキューブ、コナミDE、にてゲームソフトビジネス、デックス、NHNjapanにてオンラインゲームコンテンツ、そしてブシロードにてカードゲームビジネスなどエンタテインメントビジネスとコンテンツの表と裏を知りつくすメディアコンテンツ研究家。コラム執筆家。黒川メディアコンテンツ研究所・所長。IT・エンタメ勉強会・黒川塾主宰。
     【アタリ ポン(PONG)】


映像表現はとてもプリミティブな構成で、シンプルかつ非常に明快なものになっています。

プレイヤーは画面を一度見ればその遊び方がわかるものになっています。

そのわかりやすさはゲームを始めとした映像を駆使したエンタテインメント表現にはとても重要なことだと思います。


「ポン」に端を発したコンピュータゲームは、その後、日本で独自に進化し、アタリの「ブロック崩し」をモチーフにして、タイトーの子会社の社員だった、西角友宏氏の手に依り、1978年に日本で「スペースインベーダー」となり、日本でのコンピュータゲームの夜明けを迎えることになります。


当時、高校生だった私は友人と二人で100円玉をガラステーブルの上に積んで「スペースインベーダー」をプレイしたことを覚えています。

グラフィックはチープなものでしたが、徐々に迫りくるインベーダーの演出とギリギリのところで敵機インベーダーをクリアする爽快感は今まで感じたことのないものでした。

この映像とゲームの演出も画面を見ればその遊び方がすぐに理解できるというものでした。


コンピュータゲームは、まだゲーム喫茶店やゲームセンター(注:私が在職したセガではゲーセンのイメージを改善するためにアーケードと呼んでいました。)でしか遊べないものでしたが、任天堂の横井軍平氏が新幹線の車内で電卓のボタンを押して遊んでいる人を見てアイディアを思いついたというゲーム&ウオッチが1980年に発売されます。

このゲーム&ウオッチは電卓用の液晶の余剰部材を活用したもので、その映像の再現力は非常に低いものでしたが、ゲームのエッセンスは画面を見ればすぐに理解できるものでした。


そして1983年には家庭用ゲーム機の元祖となる「ファミリーコンピュータ」が発売されました。

このときの話題はアーケードゲームでしか楽しめなかった「ドンキーコング」が遊べることがウリでした。

他のメーカーからも任天堂の後を追って、多くのメーカーが家庭用ゲーム機に参入を果たしました。

セガのSG-1000、エポック社のカセットビジョンJr、バンダイのアルカディア、などもリリースされました。


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