ソフトウェア開発において品質や生産性の向上を図るためには、客観的な判断材料が欠かせません。そこで役立つのが「ソフトウェアメトリクス」です。
本稿では、ソフトウェアメトリクスの基礎知識や活用方法、ポイントをまとめて紹介します。ソフトウェア開発や品質管理に携わっている方、これから関わろうと考えている方は、ぜひ参考にしてください。
- もくじ
1. ソフトウェアメトリクスとは
ソフトウェアメトリクス(software metrics)とは、ソフトウェアの品質を数値として可視化し、定量的な評価を可能にする尺度や、その測定方法のことです。
metricsは「尺度」や「評価基準」といった意味合いで使われます。
たとえば「バグ密度(欠陥密度)」は、メトリクスの代表的な例です。バグ密度は「バグ数÷規模」という計算式によって算出され、「ソフトウェアの規模に対するバグの混入量」を表します。ソフトウェアの大小を問わず、定量的にバグの量を評価できます。
このように、測定方法(計算式)と尺度(解釈の基準)が明確に定義されているのがメトリクスの特徴です。メトリクスを活用することで、ソフトウェアの品質状態を客観的な数値として捉えられるようになり、評価や改善に役立ちます。
メトリクスと測定量の違い
前述したバグ密度の計算式に使われている「バグ数」や「規模」は、「測定量(measure)」と呼ばれます。測定量とは、実際に測定・収集できる個々の要素や、実際に測定して得られた数値そのものです。
たとえばバグ数は、報告された不具合の件数を数えることで、ソースコードの規模は行数やファイル数で、いずれも直接測定できます。
一方でメトリクスは、測定量に対して測定方法(計算式)と尺度(解釈の基準)の定義をプラスしたものです。式で表すと下記のイメージとなります。
メトリクス = 測定量 + 測定方法と尺度の定義
メトリクスは測定量とは違い、単独で直接的に測定できるとは限りません。たとえば、バグ密度を導出するためには、バグ数と規模という複数の測定量を個別に求め、それらの値をもとに定義された計算式を用いて算出する必要があります。
メトリクスと測定量は混同しやすいため、注意しましょう。
2. ソフトウェアメトリクスを活用する目的
ソフトウェアメトリクスは、ソフトウェア開発におけるさまざまな目的を達成するための強力な武器になります。
ここでは、ソフトウェアメトリクスを活用する主な3つの目的について解説します。
2-1. 品質状況の可視化・共有
ソフトウェアの品質を言葉だけで伝えるのは難しく、認識のズレが生じやすいものです。
そこで、ソフトウェアメトリクスを活用することで、開発中のソフトウェアが現在どのような品質状態にあるのかを数値で可視化できます。
測定方法が明確に決まっているため、データの内容が大きくぶれる心配はありません。そのため、開発チームや品質保証チーム、管理層、顧客との間でも、同じデータを共有できます。関係各所が品質状況への共通認識を持つことで、認識のズレを防げるでしょう。
2-2. 品質における課題の特定
「なんとなく品質が悪い気がする」といったあいまいな感覚だけでは、具体的な改善策を講じることは困難です。
ここでもソフトウェアメトリクスを活用することで、どの部分の品質に課題があるのかを浮き彫りにできます。
たとえば、特定モジュールでバグ密度が突出している場合、そのモジュールには設計や実装に何らかの問題があると分かります。このように、メトリクスを用いることで、品質上のボトルネックやリスクの高い箇所を的確に特定しやすくなるのです。
2-3. 意思決定の合理化
「この機能をリリースすべきか」「追加のテストを行うべきか」など、プロジェクトを進めていく中でさまざまな意思決定が求められます。
こうした判断は、往々にして担当者の主観や経験に依存するため、意思決定の根拠が曖昧なケースが少なくありません。
こうした状況においてソフトウェアメトリクスを活用すれば、データにもとづいた合理的な意思決定が可能です。たとえば、前述のようにバグ密度を活用することで、設計や実装の見直し要否を判断しやすくなります。
なお、意思決定に活用する場合は、下記のデータを比較対象にするのも有効です。
- チーム内で定期的に測定している過去のデータ
- IPAなどの組織が公開しているベンチマーク(参考値)
これらと比較することで、以前と比べて改善しているのか、他社の平均と比べて優れているのか、などより合理的な判断が行えるでしょう。
3. ソフトウェアメトリクスの種類と具体例
ソフトウェアメトリクスの種類は、大まかに「プロダクトメトリクス」「プロセスメトリクス」「リソースメトリクス」の3つです。ここでは、それぞれの概要や具体例を簡単に紹介します。
3-1. プロダクトメトリクス
「プロダクトメトリクス」は開発しているプロダクトそのもの、つまり成果物となるソフトウェア自体に対する品質を測定するためのメトリクスです。開発の過程で作ったソフトウェアの規模や信頼性などを評価できます。
プロダクトメトリクスの代表的な尺度は、下表のとおりです。
名称 | 評価対象 | 測定方法 |
---|---|---|
LOC(Lines of Code) | 開発者視点でのソフトウェア規模 | ソースコードの行数をカウント |
ファンクションポイント | ユーザー視点でのソフトウェア規模 | 外部入力・外部出力・外部照会・内部論理ファイル・外部インターフェースファイルの5つの機能項目について、それぞれの数と複雑度(低・中・高)に応じた重み付けを行い、合計値として算出 |
バグ密度 | ソフトウェア内におけるバグの混入度合い模 | 【バグ数÷規模】 バグ数:バグの報告件数をカウント 規模:LOCやファンクションポイントを使用 |
3-2. プロセスメトリクス
「プロセスメトリクス」は、ソフトウェア開発におけるプロセスの効率性や正確性を評価するためのメトリクスです。
実装やレビュー、テストなどが適切に行われているかを評価できます。プロセスメトリクスの代表的な尺度は、下表のとおりです。
名称 | 評価対象 | 測定方法 |
---|---|---|
工数 | 開発に要した時間や労力 | 各開発メンバーの作業時間を合計 |
テスト密度 | テストの充実度や網羅性 | 【テストケース数÷規模】 テストケース数:テストケース件数をカウント 規模:LOCやファンクションポイントを使用 |
レビュー指摘件数 | レビューの有効性や成果物の品質 | レビューで発生した指摘の件数をカウント |
3-3. リソースメトリクス
「リソースメトリクス」はプロジェクトに投入される人員やコスト、時間などのリソースを評価するための指標です。
開発体制や予算配分などの状況を評価でき、効率的なプロジェクト運営に役立ちます。
リソースメトリクスの代表的な尺度は、下表のとおりです。なお、「工数」はプロセスメトリクスとリソースメトリクスの側面を持ち合わせています。
名称 | 評価対象 | 測定方法 |
---|---|---|
費用 | コスト管理や予算配分 | 実際にかかった開発コストを金額ベースで合計 |
工数 | 開発に要した時間や労力 | 各開発メンバーの作業時間を合計 |
開発要員数 | 人的リソースの投入状況 | プロジェクトの参加メンバー数をカウント |
4. ソフトウェアメトリクスを活用する際のPDCAサイクル
ソフトウェアメトリクスは、PDCAサイクルの枠組みに沿って進めていくことが効果的です。ここでは、メトリクス活用の流れをPDCAの4ステップに沿って解説します。
4-1. 計画(Plan):目的・尺度・ツールの土台を整える
まずは計画(Plan)のステップで、ソフトウェアメトリクスの目的・尺度・ツールを明確にします。これらはソフトウェアメトリクスを活用するための土台として欠かせません。
目的 | 何のためにソフトウェアメトリクスを活用するのかを明確化 |
---|---|
尺度 | 評価に用いる尺度(バグ密度や工数など)を選定 |
ツール | 測定量の収集やソフトウェアメトリクスの導出に用いるツールを選定 |
この段階で、どの尺度をどのように取得するかを明確に定義しておくことが非常に大切です。後から別の尺度を追加しようとしても、データが不足して測定できないケースがあります。
4-2. 実行(Do):定期的にデータを収集・記録する
次に実行(Do)のステップで、定義したソフトウェアメトリクスのデータを収集・記録します。
開発を進行しつつ、ツールを活用して定期的に測定量の収集やソフトウェアメトリクスの導出を行いましょう。正確で継続的なデータ取得が、後の分析や改善の信頼性を高めます。
4-3. 測定(Check):データを分析して課題を特定する
続いて測定(Check)のステップで、収集したソフトウェアメトリクスから状況を分析し、課題を特定します。
チーム内の過去データや目標値、他社のベンチマークなどを活用し、基準とのズレや傾向を分析しましょう。明らかになった課題はリストアップし、次の改善ステップに向けて整理しておきます。
4-4. 改善(Action):対策を講じる
そして改善(Action)のステップで、特定した課題に対して具体的な対策を講じます。必要に応じてプロセスの見直しやリソースの調整を行いましょう。
対策の決定後は、その効果を検証するために再び計画(Plan)に戻り、新たな方針として反映させます。このようにサイクルを繰り返すことで、継続的な品質向上を目指します。
5. ソフトウェアメトリクスを無駄にしないためのポイント
ソフトウェアメトリクスの価値を最大限に引き出すためには、ポイントを押さえておくことが大切です。ソフトウェアメトリクスを無駄にしないためのポイント3つを押さえておきましょう。
5-1. 継続的に運用していく
ソフトウェアメトリクスは、一度の測定で終わりにすべきではありません。継続的にデータを取得・分析し、PDCAサイクルを通して運用していくことが大切です。定期的にソフトウェアメトリクスの変化をモニタリングすることで、傾向や改善の効果が見えてきます。短期的な数値だけで判断せず、長期的な視点で運用しましょう。
5-2. 表面的な数値だけで判断しない
ソフトウェアメトリクスの数値が悪いからといって、必ずしも問題があるとは限りません。表面的な数値にとらわれず、その背景にある要因や文脈を読み解く視点が必要です。たとえば、バグ密度が高いとしても、新たな機能追加によるものであれば、必ずしも品質の低下を意味しません。「なぜその数値になったのか」を掘り下げることで、正確な課題認識と適切な対応が可能になります。
5-3. 関係者としっかり共有する
ソフトウェアメトリクスの価値を最大化するためには、関係者全員と共有し、共通認識を持つことが欠かせません。共通認識を持つことで、課題に対する意識が高まり、具体的な改善行動につながりやすくなります。数値そのものだけでなく、測定の目的や意図も丁寧に伝えましょう。
まとめ
ソフトウェアメトリクス(software metrics)とは、ソフトウェアの品質を数値として可視化し、定量的な評価を可能にする尺度や、その測定方法のことです。
バグ密度やテスト密度など、多様な尺度を活用することでソフトウェアや開発プロセスの改善につながります。
ソフトウェアメトリクスの導入や活用にあたっては、今回の内容をぜひ参考にしてください。