2022年11月に米OpenAI社が公開した人工知能チャットボットChatGPTは、リリースからわずか5日でユーザー数が100万人を突破し、行政や教育機関、企業などでも導入が進んできました。国内では民間企業のみならず中央省庁や自治体でも利用され始めています。
そんな中、神奈川県横須賀市では全国の自治体に先駆けて2023年4月よりChatGPTを全庁導入して注目を集めています。
ChatGPTを活用した「他自治体向け問い合わせ応対ボット」や市民のお悩み相談に対応するチャットボット"ニャンぺい"など、自治体における生成AIの適切な活用促進と市民サービスの向上をリードする同市では、どのように生成AIが活用されているのでしょうか。
今回、Qbookでは横須賀市 経営企画部 デジタル・ガバメント推進室 室長 太田 耕平さんに話を伺い、横須賀市で生成AIの活用をはじめたきっかけや今後の展望などについてお話しいただきました。
今回インタビューを受けてくださった方
- 太田 耕平 氏
横須賀市 経営企画部 デジタル・ガバメント推進室 室長
化学メーカー勤務、横須賀市役所に転職。都市部、市民部、財政部を経て2019年に市役所内のシンクタンク組織である都市政策研究所(現:都市戦略課)に異動。横須賀市基本構想・基本計画(YOKOSUKAビジョン2030)、実施計画策定を担当。2022年よりスマートシティ事業の立ち上げを担当。2023年4月より、デジタル・ガバメント推進室に異動し、2024年4月より現職。
- もくじ
1. 2023年からChatGPTの全庁的な活用実証を開始
──太田さんの所属する「経営企画部デジタル・ガバメント推進室」とは、どのような部門なのですか?
横須賀市経営企画部デジタル・ガバメント推進室は、本市のDXを加速的に進める部署として2020年4月1日に設立されました。2022年に情報システム部門を吸収し、現在に至ります。
私自身は横須賀市役所に入庁してからは都市部、市民部、財政部、都市政策研究所(現:都市戦略課)を経て、2023年4月にデジタル・ガバメント推進室に異動してまだ1年ちょっと。実はデジタルにはそんなに詳しくないのですが、いわゆる生成AIはデジタルに詳しくない人でも扱えるもので、むしろデジタルに詳しくないからこそ生成AIの使い道には割と柔軟に対応できているのかなと思っております。
──横須賀市で生成AIの活用をはじめたきっかけは何だったのでしょうか?
主なきっかけの1つに人口減少があげられます。横須賀市では、今後も継続して減っていくと人口の推計が出ており、当然ながら生産人口が減れば職員数も減っていきます。
一方で、少子高齢化に伴って自治体として解決しなければいけない課題はより複雑になっていき、行政サービスを提供する上で業務の効率化を推進するしかありません。
そこで行政にもDXが必要不可欠なものになり、デジタル・ガバメント推進室が生まれました。
2023年3月15日にリリースされたChatGPT4は、日本語能力もかなり向上したことで行政でも十分使えるのではないかと。当時は、GAFAなどのビックテックがこぞって投資をはじめている流れから、おそらくChatGPTは大きなITインフラになるだろうとある程度準備をしていました。
そして3月下旬に横須賀市長から「ChatGPTはおもしろい。ぜひ行政でも使ってみないか」とオーダーがありこれは来たぞということで、2023年4月20日に全庁利用を開始したのが直接的なきっかけですね。ChatGPTに関しては、市長の声が大きな転換期だったのかもしれません。
2. 文書制作事務22,700時間/年の削減見込み
──生成AIの全庁で活用する中で何か影響はありましたか?
そもそも、なぜ我々がChatGPTを全庁に導入したかというと、「こういう世の中がやってくるから全員で把握しておこう!」という意味で全職員に触れてもらいたかったのが一番の狙いです。
導入後にどれくらい職員の意識が変わったんですかと聞かれると定量的に測定はできないのですが、取り組みに対して積極的に参加してくれる職員が多く、そういう意味では意識の改革も図れてるのかなと思っております。
2023年4月20日から1ヶ月の試験運用を6月5日に「ChatGPT活用実証結果報告」としており、活用実証の結果として多くの職員が活用し、業務効率向上の実感や継続利用の意向が高いことがわかります。
市役所は文章を大量に作るのですが、その文章をいかに市民や内部でもわかりやすいものにしていくか質の部分が重要になってきます。こちらは定量的な測定ができないところではあるので、そういった部分でもよい効果はあったのかなと。また、利用実態やヒアリング結果等をもとに算出した文書作成事務における業務時間短縮の想定(概算)として、 22,700時間/年の削減見込み時間も出ています。
──開発の中でボトルネックとなった点があれば教えてください。
実は導入に際してボトルネックは特にありませんでした。
よく他の自治体さんが直面するのは「市長がやれというけど中間層がなかなかOKを出さない」という悩みがよくあるかなと思います。そういった幹部層に私たちがどう説明したかというと、市長からGOが出てすぐに市長の挨拶文を作るChatGPTをプロンプト入れて作りました。いわゆる幹部職員は市長の挨拶文を作ることが非常に多いんです。
そういう人たちに対して「何があると便利かな?」と考えて「こういうChatGPTの使い方ができますよ」という見せ方をして納得してもらう。そうすると一発で「これすごいな!」「ぜひやっていこうよ!」という流れになり、スムーズに進みました。
使い道の部分でいうと、全職員に使ってほしいと伝えても、まずGoogleと同じように検索で使って「変な答えが出てきたもう使わない」となるのが他の自治体でも直面する部分だと思います。
どうしても文章を入力する空欄を見つけると、検索をするんですよね。もちろん、我々もそこは直面した部分ではありましたが、「検索ではなくて文章を生成するものですよ」「文章を作るものです。その補助ツールです」と庁内報のChatGPT通信で繰り返し伝えたり、研修を行ったり地道に周知を図ってきました。
3. あえて未完成のチャットボット公開で不具合を収集
──そういった活用を進められる中で、2024年5月に市民のお悩み相談に対応するチャットボット"ニャンぺい"が発表されて非常に話題になりました。"ニャンぺい"開発のきっかけは何だったのでしょうか?
いわゆる、庁内で職員が使うChatGPTはある程度図れてきたので、今度は市民とのタッチポイントで生成AIを使っていきたいと今年度の目標を立て、AI戦略アドバイザーの深津貴之氏監修のもと、市民のお悩み相談に対応するチャットボット"ニャンぺい"を開発しました。
ただし、行政の立場として回答を間違えることができないので、まずはどんなことを言われても間違えることがないような、いわゆる"器"を作る必要がありました。
普通に会話をしていれば出てこないと思いますが、悪意を持ってやられると出てきてしまうケースというのがありますよね。例えば政治・宗教・差別的なことが挙げられると思うのですが、そこだけ切り取られると「行政なのにこんな不正確・不適切な返答が出てきた」と言われかねません。
そういったことを逆手にとって、あえて未完成のチャットボットを公開して様々な不具合を収集して問題を塞いでいけばいいかなという発想になりました。
まず市役所内で不具合収集を実施して、さまざまな通報があったのでそこを潰していきました。その上で次のステップとして「では、全国的にやってみよう」と段階を踏んで実施しました。
──ちなみに、チャットボットのキャラクターに猫を採用したのは何か理由があるんですか。
AI戦略アドバイザーの深津さんが猫のキャラクターを作ってくれたので、それを使ってみようという流れになりました。何かの記事で見たのですが、「猫が何か変なことを言ってもあまり怒られない」らしいです。
"ニャンぺい"もなるべく市民の方々に愛される、不快にさせない、という狙いがあって実は猫を使っています(笑)
──反発を買いにくいキャラクターを探していったら猫になったのですね。「間違えるから教えてね」というのは、かなり先鋭的なというか、珍しい取り組みだと思います。これについては、他の自治体や企業から問い合わせはありましたか?
自治体や企業様から「面白い取り組みをしていますね」といったお声や、「どういうバグ報告があったのか?」など聞かれることはありました。
ただ自治体から「同じようなことをやりたい」という問い合わせは今のところはありません。企業様からは「その手があったか!」という感じで「うちでもやってみたいな」という声はいただいています。
4. 市民向けサービスに生成AIを活用し、人は人にしかできないことに注力する
──"ニャンぺい"試験運用後の流れはいかがですか?
内部利用の段階では、4600回近く攻撃を受けて通報が約100件で出現率が2.2%。
全国展開をした中では、約3万6000回攻撃を受けて通報が40件程度だったので、出現率が20分の1まで下がっていきました。
だいぶ"器"としてはできてきたのかなと思っております。
──今後、生成AI活用について目指していることはありますか?
内部の職員向けには、業務効率化のための問い合わせボットのようなものを開発しています。
また、市民向けサービスとして2024年度に展開しているものは"ニャンぺい"の他に、生成AI技術を駆使したリアルな市長アバターによる英語での市の情報発信と、仮想空間「メタバース横須賀」、音声対話型AIや生成AIで相談や観光情報を発信するようなアバターを展開しています。
また、2024年8月7日に発表した、音声会話型生成AIを活用した認知症予防会話サービスもあります。
こちらは、音声会話型おしゃべりAIアプリ「Cotomo」を開発したStarley株式会社と脳科学研究を行っている学術機関と協力して、産学官連携でサービス開発をするものです。
これらは直接的に"ニャンぺい"をベースにしているかというとそうではないのですが、そこで得られた知見を踏まえて今後も開発を始めていきます。
──今後、人口減少で職員が足りなくなると庁内でも問い合わせに答える係の人や、独居老人の方と話す人員確保も難しくなるかと思います。そこをAIで補っていく狙いがあるのでしょうか?
勘違いしていただきたくないのは"高齢者の相手をAIに任せよう"と考えているわけではない、ということです。
自治体の職員が高齢者の方とコミュニケーションを減らしていくわけではなく、むしろ機会をもっと増やしていく。そのために、生成AIによる業務効率化によって「機械ができることは機械に任せて、人は人にしかできない仕事に注力していく」という側面の方が強いですね。
──最後に、今後業務を通じて達成したいことなどございましたらお教えください。
あくまでやっていることは、生成AIの活用やデジタル化によって効率化できるものは効率化することです。
事務を効率化して、市民が受ける行政サービスの満足度の向上を目指していきたいというのがデジタル・ガバメント推進室の想いです。
──本日はお時間をいただきありがとうございました。