1年前に公開した「【2022年注目】IT、ICTのトレンドキーワードを解説!政府白書から見る現状分析と今後の予測とは?」にて、2022年のIT、ICT関連キーワードのトレンド予測をしました。
それから1年が経ち、社会情勢も変化しています。
そこで今回は、前回からの変化と2023年の予測をしてみたいと思います。
前回は『DX白書2021』(独立行政法人 情報処理推進機構 IPA)などを資料にしましたが、現時点で更新されていないため、報道等をベースにして考察していきます。
予測するキーワードは、Qbook読者の皆様がご存知のものが多いかもしれませんが、変化もありますのでぜひご参考にしてみてください。
1.2022年はどんな年だったか?
2022年はウクライナ問題等の影響で世界情勢が先行き不透明となり、経済が減速したと評されています。
2022年12月30日の東京株式市場の大納会後には、同年の日経平均株価が4年ぶりのマイナスであったと報じられました。
2021年まではデジタルトランスフォーメーション(DX)やコロナ禍による"巣ごもり"の影響もあって、IT分野は伸びが見られていました。
しかし、2022年になると勢いは鈍化し、例えばPCやスマートフォンの出荷台数が全体的に減じていたと報道されています。
企業広告が停滞したことなどからメタ(Facebook、Instagram)、アマゾン、Googleは大量解雇を実施しました。
テック分野の研究開発は高成長が背景にあることから、投資筋は成長鈍化に警戒感を強めていると言われています。
このような情勢ですが、IT専門調査会社Gartnerは、2023年はIT関連分野での経済状況の良化を予測しています。
これは大企業がデジタル技術への支出を減少しないとの調査結果が根拠となっているようです。
2.2023年にトレンドになりそうなキーワードは?
ここからは、報道等を参考にしながら、2023年にトレンドになりそうなキーワードを7つ、勝手に予測してみます。
① アーキテクト(architect)
アーキテクトとは建築家、設計者のことです。
IT分野では「ITアーキテクト」と呼ばれることもあります。大規模システムやIT製品の全体的な設計、開発要件定義を行うエンジニアのことです。
デジタルトランスフォーメーション(DX)は単なるデジタル化ではなく、プロセスの改革までを含む概念です。
真の意味でDXを成し遂げるには、ビジネスなど業務全体のビジョンをIT技術で革新する必要があるという認識が広まったため、ビジョンと技術をつなぐ役割であるアーキテクトの重要性がより増していくと考えられます。
独立行政法人情報処理推進機構(IPA)は、情報処理技術者試験の一つとして「システムアーキテクト試験」を実施していますが、ここではシステムの要件定義や基本設計、開発をリードするための知識・技能を認定しています。
「システムアーキテクト試験」の受験を考える人が増えるかもしれません。
② 量子コンピュータ(quantum computer)
量子コンピュータとは量子力学の原理を計算に応用した計算機のことです。量子計算機ともいいます。
1980年代から研究されていて、現在では世界で数10社が競い合って開発していますが、実用化はまだ先です。
従来の電子回路では不可能な超並列的処理が可能で、指数関数的に難易度が増加する問題を解くのが得意とされています。
例えば、金融分野のポートフォリオの最適化やリスク管理、航空機などの航路の最適化といったことや流体力学での利用、薬剤開発、自動運転などのAI分野、暗号化技術、社会課題の解決分野などでの利用が期待されています。
2019年に米Googleがイギリスの科学雑誌『ネイチャー』で発表した論文で、乱数生成問題を従来のコンピュータでは1万年ほどかかると見積もられた計算を量子コンピュータは3分20秒で解いたと発表したことなどから注目を集め、「次世代コンピューティング」の注目株の一つになりました。
今後、ソフトウェア分野をAIが牽引していくとすると、ハードウェア面では量子コンピュータという構図になっていきそうです。
開発競争が激化していくと思われるため、資金、人材の確保といった動きも活発化していくと見られ、話題となることも増えていきそうです。
③ セキュリティ(security)
デジタルトランスフォーメーション(DX)が推進されるとともに、ウクライナ問題の長期化し、また上記のように世界経済の先行きが不透明です。
そのため、「個人情報保護」や「データ保護」といった観点でも、ランサムウェアといった企業や個人データを狙う攻撃の増加からみても、セキュリティの重要度は高まることはあっても落ち着くことはないでしょう。
関連して「ゼロトラスト」への関心も高まると予測できます。
④ データローカライゼーションとデータナショナリズム
これまでのグローバル化の動きと異なり、世界情勢、経済状況の変化などから、国境をまたぐデータの保存、移動に規制をかけるデータナショナリズム(data-nationalism)の動きが見られています。
同時に個人データについて個人(データ主体)が居住する国・地域がその情報を保護する仕組みデータローカライゼーション(data- localization)にも注目が集まっています。
一般的な関心が高まるきっかけとなったのは、2018年のEU「一般データ保護規則(GDPR)」です。
世界情勢やセキュリティとも関連したデータのありようが議論される機会が増えていきそうです。
⑤ ガバメントAI
人工知能(AI)が急速に広まるなか、各国政府も行政サービスなどでAIを活用するケースが増えそうです。
ガバメントAIはデジタルガバメント(digital government)に欠かせない技術の一つとなるでしょう。
2022年にはエストニアで「Bürokratt」の運用が開始されました。
「Bürokratt」は、行政サービスを利用する国民に対して仮想アシスタントとしてパーソナライズ化された行政サービスを提供するものです。
2023年は、どのような国、地域でガバメントAIが採用され、どのような技術が活用されるか注目を集めるのではないでしょうか。
⑥ エンドポイント(endpoint)
エンドポイント(終点、端)は、IT分野においては主に通信ネットワークに接続された端末や機器のことをいいます。
具体的には、スマートフォンやPC、タブレットだけでなく、プリンタや自動車に積まれた様々な通信端末等も含みます。
SoC(System on a Chip)分野ではエンドポイントにAIを搭載する動きも活発で、情報を収集するだけでなく取捨選択する機能の開発も進んでいるようです。
エンドポイントが高度化することで、同時に情報セキュリティも求められるようになっており、ゼロトラストの観点もあって、エンドポイントをどう保護するかといったことに関心が高まっていくと考えられます。
⑦ イーロン・マスク(Elon Musk)
人名ですが、イーロン・マスク氏の2023年の言動はIT、経済ニュースだけでなく、世界中から注目を集めることになりそうです。
マスク氏は、決済システムPayPalの共同創業者であり、OpenAIの設立者でもあり、電気自動車会社テスラ、宇宙開発のスペースX等々、様々なプロジェクトで注目を集めてきた、南アフリカ共和国出身のアメリカの実業家です。
2022年、マスク氏はTwitter買収劇で一気に世界中の一般層にもその名を知られる有名人となった感があります。
一方で、この買収劇を機にTwitterの利用をやめて、他のSNSに流れたというユーザーも一定数おり、2022年末にはソーシャルメディア「マストドン(Mastodon)」と関連する報道もありました。
今後、同氏がどのような策を用いて立て直すのか、目が離せない状況になっています。
3.予測したキーワードの「好不調」は?
2022年頭に予測したトレンドキーワードの現状はどのようになっているかを見ていきます。
「デジタルトランスフォーメーション(DX)」の現況は?
2022年もあらゆる場面でデジタルトランスフォーメーション(DX)を見かけることになりました。すでに「見飽きてしまった」という方も少なくないと思います。
真摯にDXに取り組む企業や行政機関が評価される一方で、安易なデジタル化を"デジタルトランスフォーメーション"としてしまう残念な例も増えているようです。
これらの感覚からすると、これまでほど多用されなくても、過度な期待に支えられた時期は過ぎ、着実に広まっていく段階に入っていると考えられます。
その意味で、DXプロジェクトには内容の深化、そして投資に対する具体的な成果が求められていくということもできると思います。
「AI人材」不足は続いている?
データサイエンティストを始めとするAI関連の人材不足は引き続いていると思われます。
それ以上に、ITエンジニア不足問題が継続しており、すでに大規模採用を諦めてローコード/ノーコードツールを使用したり、オフショア開発などを検討したりする企業も増えているようです。
「メタバース」の状況
2022年には大躍進と予想されていたメタバース(metaverse)ですが、想像されていたほどの広がりは見られなかったといって良いと思います。これは世界経済の原則と関連が深いと思われるので、今後も関連技術等の動向からは目が離せないところです。
とくに、ビジネス面での活用準備は進んでいると考えられるので、2023年には何らかの成果が見られることになるのではないでしょうか。現実世界と仮想世界を重ね合わせるMR(Mixed Reality)関連の発展もあり、注目を続けたい分野です。
2023年1月には、JASRAC(日本音楽著作権協会)がメタバース上の有料バーチャルライブにライセンス料が発生することを明言して話題となるなど、"熱い"分野であることに変わりはないようです。
4.今後、検索されそうなキーワード
2023年に検索数が増加しそうなキーワードをいくつか予想してみたいと思います。
① OpenAI関連(DALL-E, GPT-3, Whisper)
OpenAIは2015年末にイーロン・マスク氏、サム・アルトマン(Sam Altman)氏らによって設立された人工知能(AI)の研究所です。
非営利法人と営利法人によって構成されています。
OpenAIに関連する検索数は現在も多いですが、今後、さらに増えていきそうな勢いです。
OpenAIが2022年11月に発表した「ChatGPT」は精度が高い上に無償ということもあって爆発的な人気を得て、2022年末の大きな話題となりました。
OpenAIは、他に「DALL-E」「GPT-3」「Whisper」等々で知られています。
また、MicrosoftがOpenAIに対して30億ドル以上の投資を行っていることも報じられ注目を集めました。
これらは昨年、Qbookで「バズりそうなキーワード」と予測した「ジェネレーティブAI(Generative AI)」関連のキーワードでもあります。
今後、もっとも熱くなる分野の一つといってよいでしょう。
② プロンプトエンジニアリング(Prompt Engineering)
プロンプトエンジニアリングとは、上記のOpenAI関連の話題とも関連がありますが、主にLLM(Large Language Model:大規模言語モデル)AIにプロンプトで指示を与えるコマンドを分析したり、構築したりする技術手法のことです。
LLM AIの学習データを微調整したり再学習や強化学習をしたりしなくても、動作や出力を利用者の希望に添うようにコントロールしたり、回答精度を高めたりできるのがメリットです。この操作を行なうエンジニアを「プロンプトエンジニア」と呼びます。
概念自体は以前からあり、「Midjourney」や「Stable Diffusion」といったジェネレーティブAIが話題となったころから注目されはじめ、2022年11月に「ChatGPT」が登場したことで一気に広まった形です。キーワード検索数も増大しました。
大規模言語モデルのバージョンが進んで高度化し、さらに自然言語に対応して進化することでプロンプトエンジニアリングの内容は大きく変化していくと考えられますが、今後も「AIとコミュニケーションする能力」が重視される流れは続くのは確実でしょう。
一方で「プロンプト・インジェクション(Prompt Injection)」や「プロンプト・リーキング(Prompt Leaking)」と呼ばれるAIチャットボットへの攻撃手法が同時に進化していることもあり、セキュリティ面からみても変化の激しいジャンルになると予測できます。
プロンプトエンジニアリングに関しては、AI研究に取り組む海外コミュニティ「DAIR.AI」が体系だった解説資料を公開しています。日本語版も公開されているため、こちらもご参照ください。
③ Figma
ブラウザベースでコラボレーションできるデザイン・ツール「Figma」が注目を集めそうです。
2022年7月に日本語版がリリースされたことで、日本での利用者が急増していることがその背景にあります。
④ AI画像生成
「AI画像作成ツール」または「画像生成AIアプリ」と呼ばれることが多いようですが、2022年、先述のOpenAIが公開している「DALL-E」や「Midjourney」、「Stable Diffusion」といったAIによる画像生成プログラムがSNSなどで大いに話題になりました。
現在もSNSなどを中心にAIが自動生成し形像が数多く見られており、今後、さらに広まり利用されると予測できます。
⑤ デジタルアイデンティティ(digital identity)
アイデンティティとは、身長、顔、指紋だけでなく、氏名、職業、年齢性別、住所、メールアドレスといった多種多様な属性の組み合わせで成立しています。
デジタルアイデンティティとは、これを電子化してデジタル社会の「人」として扱うためのデータのことです。
デジタルサービスを利用するときなどの認証(多要素認証)で利用されることもあり、これを「どう守るか」といった観点から話題になるケースが増えそうです。
⑥ スーパーアプリ(Super App)
スーパーアプリとは、スマホアプリをプラットフォームとして、一つのアプリ内に、多種多様な機能のあるアプリを統合したアプリのことです。
欧米では「Super App」「Super Apps」と呼ばれています。
何かをするたびに別のアプリを起動して認証等をする必要がなく、シームレスにサービスを利用できるため、UX(ユーザー体験)的に優れているとされています。
中国では「AliPay」「WeChat」、インドでは「GO-JEK」などが爆発的な人気を得ており、日本ではLINEをはじめ、携帯電話各社のサービスアプリのスーパーアプリ化がはじまっています。
それに伴って「スーパーアプリ」が検索される回数も増え、一般化が進みそうです。
まとめ
2022年は世界情勢が「激動」だったので、経済が影響を受け、IT分野での動きが小さかったと評されていますが、それは表層的なことにすぎないのかもしれません。
見えないところで着々と研究開発が進められている新しい技術、サービスが姿をあらわすことを2023年は期待したいと思います。
「量子コンピュータ」を始めとする次世代技術への取り組みも加速しそうです。
目先の利益や「できる」「できない」ではなく、よりよい未来を作りたいという「SF思考」がこれから重視されていくのかもしれません。